1 非チアノーゼ性心疾患(非手術例)
① 概要

 明らかな合併心疾患のない単純疾患の場合について述べる.肺高血圧症(Eisenmenger症候群)合併,有意の不整脈合併,その他の有意な心臓血管疾患合併の場合には,それぞれの項に述べる.合併症のない心房中隔欠損症などの,ごく一部の疾患を除くと,感染性心内膜炎のリスクがあるため,これらの心疾患に対しては,分娩時の感染性心内膜炎の予防が推奨される(「感染性心内膜炎」参照).

② 心房中隔欠損症

 心房中隔欠損症は,成人先天性心疾患の中で最もよくみられるものである.妊娠のために心拍出量が増大し,心雑音が大きくなった結果として,初めて診断される
ことがある.心房中隔欠損症は,短絡量が多い場合でも,特に大きな合併症なく妊娠・出産を終えることが多いが,妊娠後期に上室性不整脈が頻発するか,奇異性塞栓症を合併することがある135).心房中隔欠損症を有する妊婦が肺高血圧症を合併する率は低いとされている164).僧帽弁前尖逸脱のために僧帽弁逆流を呈することがあるが,妊娠・出産について大きな問題となることは少ない.未修復例と修復術後例の妊娠の比較に関する,最近の多施設共同研究(後方視的検討)によると,未修復例では,妊娠高血圧腎症,子宮内胎児発育不全,胎児死亡などのリスクが高かったことが報告されている165).以上より,一般的に,未修復例の妊娠・出産時の心合併症のリスクは高くないが,妊娠合併症や胎児・新生児合併症のリスクが高くなる可能性があるので,注意が必要である.

 心房中隔欠損症単独に対する分娩時の感染性心内膜炎の予防は不要だが,僧帽弁逆流を伴う僧帽弁逸脱を合併する場合は,分娩時の感染性心内膜炎の予防が推奨される.

③ 心室中隔欠損症

 小児期に心不全症状を示さず,左右短絡のまま成人に達した例では,妊娠・出産によく耐容する.基本的に左室容量負荷疾患であるため,妊娠中は体血管抵抗が下がることから,心不全を発症することは少ない.短絡量の少ない例では,妊娠による循環血液量の増大に伴って,心雑音が大きくなるが,循環動態的には大きな影響はない.漏斗部欠損例では,大動脈弁直下に短絡血流が存在するため,隣接する大動脈弁右冠尖が欠損孔に向かって引き込まれ(大動脈弁右冠尖逸脱),結果として,右冠尖に変形が生じて大動脈弁逆流を呈する場合がある.有意な大動脈弁逆流の場合,心室中隔欠損症の病態を修飾することがある.有意な大動脈弁逆流以外は,負荷は軽度で妊娠時の問題は少ない.しかし,漏斗部欠損に伴う大動脈弁逆流は進行性のことが多く,機械弁置換術後の妊娠では,抗凝固療法による母体・胎児のリスクが少なくない(「弁膜症」─「抗凝固・抗血小板療法」参照)ため,大動脈弁の変形と逆流の状態によっては,弁置換術を必要としない軽症のうちに,心室中隔欠損症の修復術を行うことが推奨される.高度の肺高血圧症合併例では妊娠は禁忌である(「肺高血圧症」参照).

④ 心内膜床欠損症(房室中隔欠損症)

 心内膜床欠損症(房室中隔欠損症)は,通常は小児期に手術される.しかし,一次孔型心房中隔欠損症に僧帽弁裂隙を合併する不完全型で肺高血圧症もない例では,小児期を通じて無症状なことが多く,妊娠を契機に発見されることがある.この場合の病態は,心房中隔欠損症に僧帽弁逆流が合併しているにすぎず,多くの場合は妊娠・出産を通じて大きな問題なく経過する.ただし,心房性不整脈の管理が必要となることがある.肺高血圧症合併例では,心室中隔欠損症における場合と同様の管理が必要である.

⑤ 動脈管開存症

 短絡量が少なく,肺動脈圧も正常の例では,特に問題なく妊娠・出産を経過する.短絡量が多い例では,妊娠経過とともにうっ血性心不全を示す可能性があるた
166),妊娠前に経カテーテル的閉鎖術や手術治療を施行しておくことが望ましい.

 肺高血圧症例では妊娠そのものが禁忌である.さらに,本症では肺動脈瘤を合併することがあり,妊娠中や産褥期に,まれに大動脈や肺動脈の解離や破裂を来たす場合がある167)

⑥  先天性大動脈弁狭窄症(ニ尖弁症を含む,「弁膜症」─「弁膜症と人工弁置換術後」も参照

 妊婦の大動脈弁狭窄症は,ほとんどが先天性二尖弁に伴うものである168).予後は弁狭窄の重症度によって異なる.軽度から中等度の狭窄では,妊娠期間を通じてなんら合併症を起こすことなく経過する.一方,最近の報告では,中等症以上では,たとえ妊娠の予後が順調であっても,遠隔期に外科的インターベンションが必要となる確率が高くなる169)ことが報告されている.これは,妊娠が中等症以上の大動脈弁狭窄症の自然歴を悪化させる可能性を示すものであり,注意が必要である.

 高度大動脈弁狭窄は,平均圧較差> 40mmHg,弁口面積< 1.0cm2/m2,著しい心肥大,左室機能低下のある例である.この場合は妊娠の経過とともに,循環血液量と1回拍出量の増大のために狭窄部の圧較差が増加する.結果として,左室の仕事量を増やし,肥大した左室心筋に相対的虚血を引き起こし,狭心痛,左心不全,肺うっ血を来たすのみならず,時に突然死を来たすことすらある170)

 高度大動脈弁狭窄症例では母体リスクが極めて高い.したがって,大動脈弁置換術や経皮的バルーン大動脈弁形成術により,大動脈弁狭窄解除後に妊娠することが推奨される171).機械弁置換術後の妊娠では,抗凝固療法による母体・胎児のリスクが少なくない(「弁膜症」-「抗凝固・抗血小板療法」参照)ため,妊娠中の抗凝固療法のリスクを回避するために,生体弁置換術またはRoss手術
が選択肢となり得る.バルーン弁形成術は石灰化や変形の著しい弁には不適であり,また高度大動脈弁逆流を生じる可能性があるため,弁置換術の方がより確実な効果を得られる.万一,弁狭窄未解除例が妊娠した場合には,極めて注意深く経過を観察し,症状の出現に注意を払い,心電図検査や心臓超音波検査を繰り返して,変化を把握する必要がある172).妊娠早期に心症状が強く出た場合には,人工妊娠中絶を考慮する.心電図での新たな再分極(ST-T)変化の出現や,超音波ドプラ法計測による1回拍出量の経時的増大が認められない場合などは,注意が必要である.この場合は,安静やβ遮断薬などによる加療が必要となる.なお,高度大動脈弁狭窄症においては,心拍出量は前負荷に依存しているため,出産時の出血による前負荷の低下からショックに陥ることがある.

 二尖弁性の大動脈弁狭窄症では,大動脈縮窄症や動脈管開存症など,他の異常を合併している可能性もあり,注意深く評価する必要がある.また,大動脈二尖弁は大動脈嚢胞性中膜壊死を伴うとされており,妊娠7 か月目以降に大動脈解離を発症することもある173).妊娠中に大動脈弁置換術を施行した症例報告も散見されるが,母体・胎児への影響は大きい174)

Ross 手術:大動脈弁位に弁を含んだ自己の肺動脈基部を移植し,肺動脈弁は通常生体組織弁を移植する.

⑦ 肺動脈弁狭窄症

 右室肥大を呈する.狭窄部圧較差が50mmHg以上あれば治療の対象となる.本症では多くの場合は心拍出量が正常範囲に保たれ,無症状であるが,妊娠を契機に心雑音や呼吸促迫で発見されることも多い.右室機能不全症状を示すことはまれである.妊娠前NYHA分類Ⅱ度の症例が,妊娠中に一時的にⅢ度になったという報告もある175)ため,有症状例には注意が必要であるが,本疾患の妊娠予後は概して良好である.中等度までの肺動脈弁狭窄症は,妊娠中も大きな問題になることは少ない.高度狭窄で症状の強い例では,経皮的バルーン肺動脈弁形成術が考慮される.この際,放射線被曝に伴う器官形成異常を避けるため,妊娠中期以降まで治療を遅らせることが望ましい.

⑧ Ebstein 病

 Ebstein病は,三尖弁中隔尖または後尖(または両尖)の心尖部側偏位による三尖弁逆流が主たる病態である.三尖弁逆流,右室機能,さらに心房中隔欠損を介する右左短絡によるチアノーゼの程度などが,妊娠経過に影響する.また,しばしばWPW症候群を合併するため,発作性上室頻拍を認めることが多く,頻拍性心房粗動からの失神や心室細動を生じるリスクもある.これら条件において軽症例ではほとんど合併症はみられないが,重症例では右心不全,奇異性血栓塞栓症,感染性心内膜炎,低酸素血症などがみられることがある.チアノーゼは妊娠後に初めて気づかれることがあるが,高度になると胎児と母体のリスクが増加する(「先天性心疾患」─「チアノーゼ残存例」参照).

 44例のEbstein病の妊婦における111妊娠という多数例報告176)によると,生産児は76%で,そのうち27%が早期産児であった.自然流産が19例,人工流産が7例,新生児死亡が2例あった.出産は11%が帝王切開によるものであった.チアノーゼ母体からの児の出生時体重は小さく,新生児の4%に先天性心疾患を認めた.しかし,母体死亡はなく,罹病率も低かった.

⑨ 修正大血管転位症(修正大血管転換症)

 解剖学的右房が僧帽弁を介して解剖学的左室に結合し,解剖学的左房が三尖弁を介して解剖学的右室に結合し,大動脈は解剖学的右室から起始し,肺動脈は解剖学的左室から起始する疾患である.心室中隔欠損,肺動脈弁狭窄,肺動脈弁下狭窄,Ebstein病様の三尖弁異常を合併することが多く,循環動態はこれら心内異常および体心室である右室機能に依存する.房室ブロック,発作性上室頻拍などの不整脈が多い.

 妊娠・分娩は,心内異常が軽度,特に三尖弁逆流が軽度以下であれば,母児双方へのリスクは少ない.しかし,体循環右室の機能不全,特に三尖弁(体循環側房室弁)逆流の進行が問題となる例がある.単冠動脈例での心筋虚血の報告もある.児の流死産は20%前後で,これは心内異常によるチアノーゼのある例で多い177),178)

 妊娠分娩の管理は,弁疾患,心室中隔欠損,房室ブロック,それぞれの管理に準ずる.
次へ
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)