◦妊娠20週以降は入院管理,出産後も2週間は入院管理
◦酸素投与
◦強心薬,利尿薬投与(心不全合併時)
◦ 出産時の心拍,動脈圧,動脈血(経皮的)酸素飽和度,ヘ
マトクリット値の監視
◦出血や血圧低下による循環動態変化に対する的確な対応
◦抗凝固薬の使用(使用の可否につき定説はない)
◦脱水の予防,早期補正
(レベルC,文献156,215,217~219)
◦心機能低下,心不全
◦出血,脱水
◦血栓塞栓形成,奇異性血栓
◦チアノーゼ増悪
◦流産,早期産,死産,低出生体重児
(レベルB,文献212~214)
4 チアノーゼ残存例
チアノーゼを呈する先天性心疾患は,妊娠・出産の適応・管理の違いから,以下の2つの病態に二分される.「肺高血圧症のないチアノーゼ性先天性心疾患」と,
「Eisenmenger症候群」である.両者ともに母児の妊娠リスクは非常に高いが,前者のリスクは特に胎児に高く,後者のリスクは特に母体に高い.チアノーゼ性先天性心疾患の妊娠・出産に関する報告は,依然として少ない.しかし,欧州心臓病学会からの報告では,チアノーゼ性先天性心疾患女性の42/238(18%)が出産を経験している211).
① 肺高血圧症のないチアノーゼ性先天性心疾患
肺動脈閉鎖・狭窄を伴う,肺血流減少型のチアノーゼ性先天性心疾患が,心内修復術を施行されず,チアノーゼが残存している状態である.肺血流増加のための姑息手術(Blalock-Taussig短絡術*注)など)を受けている場合もある.Fallot四徴症,完全大血管転位症,総動脈幹症,単心室症,三尖弁閉鎖症などが該当疾患である.妊娠・出産リスクは,チアノーゼの程度に依存し,母児ともにリスクは高いが,特に胎児リスクが高い.妊娠・出産に伴う母体の心血管系合併症を約30%に認める212)-214).チアノーゼの程度に依存するが,生産児を得られる確率は低い(レベルC)(表19).
*注)Blalock-Taussig短絡術:鎖骨下動脈と肺動脈を吻合する術式である.肺血流減少型心疾患の肺血流を増加する目的で施行する.
1)母体リスク
妊娠中は,体血管抵抗が低下し,右左短絡が増加するために,チアノーゼは増強する.このために,全身症状が悪化することがある156).心予備能が低いため,妊娠中の容量負荷や出産時の急激な循環動態変動に対応できず,房室弁逆流の悪化,心機能低下,心不全の増悪などをみることがある.しかし,妊娠・出産による母体死亡は少ない212)-214)(レベルB).血液凝固系異常,血小板減少,血小板機能異常などの出血凝固系異常,さらに血管増生を伴うため,分娩時に大量出血を生じやすい156)(レベルB).一方,妊娠後期の凝固機能亢進により,肺血栓症や脳梗塞を生じることがある.深部静脈血栓症は,これらの血栓症の原因となる156).以上の事実から,妊娠後期の抗凝固薬使用の適否に関しては意見の統一がなされていないが,妊娠後期に血栓形成予防のためにヘパリンを使用する場合がある.
表19 チアノーゼ性先天性心疾患の妊娠に関する母体・胎児の合併症
2)胎児リスク
胎児リスクは非常に高く,自然流産,早産,死産,子宮内胎児発育不全が多い212)-214)(レベルB).高度チアノーゼでは,胎児の発育は阻害され(動脈血酸素飽和度SaO2が85%以下では,生産児を得られる確率は12%とされる),妊娠初期3か月での流産が多い212)-214)(レベルB).しかし,胎児リスクはチアノーゼの程度だけではなく,本来母体が持っているチアノーゼ性先天性心疾患の重症度や心機能(心拍出量)にも依存する.
3)母体の妊娠・出産時の管理
左室,右室機能,肺動脈圧,心機能分類を妊娠前に十分に評価する.心機能が悪く(駆出率40%以下),チアノーゼが高度(SaO2 < 85%)の場合は,母児リスクと
もに高いため,避妊あるいは人工流産することが勧められる211),213)(レベルB).周産期の血栓塞栓症発生予防として,脱水の予防や補正に加え,妊娠後期3か月から出産後1か月は抗凝固療法を行うことがある156)(レベルC).循環動態不安定ないし産科的適応がある場合は,帝王切開を行う156).妊娠後期から出産時は,経皮酸素飽和度モニターを行う.経腟分娩の際は,無痛分娩が推奨される211).チアノーゼ性心疾患は感染性心内膜炎のハイリスク患者であるため,分娩時や産科的手技・処置の際の抗菌薬の予防投与を推奨する(「感染性心内膜炎」参照156),レベルB).
② Eisenmenger 症候群(「肺高血圧症」も参照)
肺血流増加を伴う左右短絡疾患や,肺血流増加とチアノーゼを呈する両方向性短絡疾患などに合併する,非可逆的肺血管閉塞性病変である.前者の基礎心疾患には,心室中隔欠損症,心房中隔欠損症,動脈管開存症,心内膜床欠損症(房室中隔欠損症)などが,後者の基礎心疾患には,総肺静脈還流異常症やその他のチアノーゼ性心疾患などが該当する.チアノーゼおよび肺血管閉塞性病変の程度によるが,妊娠・出産のリスクは非常に高い.肺動脈圧/体血圧> 2/3の肺高血圧症は,母体死亡の可能性がある156).特に,肺血管閉塞性病変の進行したEisenmenger症候群では,母児ともに極めてリスクが高く, 妊娠を続行した場合の母体死亡率は約39〜50%27),215)で,胎児死亡率も高率(50%)である27),216)(レベルB).1997〜2007年のEisenmenger症候群の妊娠・出産の報告例では,母体死亡率は25%と低下しているが, 依然として死亡率は高い217). このため,Eisenmenger症候群での妊娠は避けることが望ましい.妊娠した場合も,人工妊娠中絶が推奨される.妊娠年齢に達した女性は,避妊を心掛けることが推奨される156)(レベルB).
1)母体および胎児のリスク
Eisenmenger症候群は,チアノーゼ性先天性心疾患と同様に妊娠中にチアノーゼの増強を認める.出血傾向とともに,広範な肺血栓症を発症することがある156).肺血管閉塞性病変を伴うため,肺血管抵抗が固定され,出産時の急激な循環動態変化に対し適応が困難である27),156).このため,出産時の多量出血(チアノーゼ心疾患に伴う,出血凝固異常のため)により,血圧低下および酸素飽和度低下を生じることがある216).また,肺血栓症と同時に,肺出血を伴うこともある216).母体死亡は,主に出産後数日から1か月以内に起こる27),215),217).死亡原因は,肺動脈血栓症,出産時多量出血による循環血液量減少,出産直後の急激な静脈還流量増加やチアノーゼの急激な増悪などに起因する27).帝王切開は,自然分娩と比較して死亡率が高いとの報告がある6)が,重症例に対して帝王切開を行っているというバイアスがある.このため,現状では,経腟分娩との優劣は明らかでない(レベルB).チアノーゼの重症度によるが,流早産,死産の頻度が高い27),215),216).Eisenmenger症候群は,短絡とチアノーゼが残存した心疾患であるため,感染性心内膜炎のハイリスク患者となる.よって,分娩時や産科的手技・処置の際の予防投与を推奨する(「感染性心内膜炎」参照).
2)Eisenmenger 症候群で妊娠継続をする場合の対応 (表20)
妊娠継続を希望する場合は,妊娠20週以降は入院として安静を保ち,脱水の予防や補正を行い,呼吸困難時は酸素投与を行う.周産期には,ヘパリン投与や継続酸素投与を行う.出産時は,経皮酸素飽和度,呼吸心拍数をモニターし,無痛分娩,集中治療室管理とする156)(レベルC).帝王切開を行う場合は,麻酔時の体血管抵抗低下を避け,できる限り循環動態を一定に保つ218),219).大量出血や血圧低下は致死的となるので早急に補正する.死亡例は広範な肺動脈血栓症を認めることが多い.抗凝固療法の適否については一定の見解がないが,施行する場合は,妊娠20週からヘパリン投与を開始し,出産直前に中止,さらに,出産後に再開する156),215).しかし,元来,出血傾向の強いEisenmenger症候群でのヘパリン投与には厳重な注意を要する216).出産後最低2週間は入院管理とし,全身状態や循環動態の厳重な監視を行う156).周産期の一酸化窒素やボセンタンなどの肺血管拡張薬の使用には,現在,明らかな有効性が認められていない.また,出産直後の循環虚脱に対して,補助循環使用により救命された例があるが,広く行われるものではない.
Eisenmenger症候群の妊娠・出産は,母体死亡率(30〜70%),胎児死亡率(約50%)がともに高いため,妊娠・出産は避けることが強く望まれる.出産後数
日〜1か月以内に死の転帰をとることが多い.(レベルB,文献27,215)
表20 Eisenmenger症候群で妊娠継続する場合の注意点
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)