2 非チアノーゼ性心疾患(修復術後)
① 概要 非チアノーゼ性先天性心疾患術後は,良好に修復され,遺残症(特に肺高血圧症)や続発症の程度が軽い場合は,遺伝の問題を除けば,一般と同様に妊娠・出産,経腟分娩が可能である59),166),179) (レベルB). 修復術後に遺残短絡が残る場合,修復術により短絡は消失したが術後6か月未満であり,特に人工材料を用いた手術の場合,修復術後に弁逆流(房室弁,大動脈弁,肺動脈弁)などの遺残症・続発症を伴う場合などは,感染性心内膜炎のリスクが高くなる.よって,このような症例においては,分娩時や産科的手術・手技の際の,予防投与を推奨する(「感染性心内膜炎」参照 ,レベルB).また,術後,中等度以上の遺残病変,続発病変があり,妊娠中に悪化することが予想される場合は,再手術,カテーテル・インターベンションなどで,妊娠前に修復しておくことが推奨される. ② 心房中隔欠損症術後 妊娠によく耐容し,母体と胎児の予後は良好である166),179) (レベルB).手術後でも妊娠時に不整脈を合併することがある179) .成人期での手術例は小児期手術例に比べて心不全や不整脈の頻度が高い180) ため,妊娠時には注意が必要である.房室弁逆流を伴う僧帽弁逸脱を合併する場合は,分娩時の心内膜炎予防を推奨する.なお,肺高血圧症残存例は「肺高血圧症」の項 に従う.③ 心室中隔欠損症術後 遺残症や肺高血圧症がなく,NYHA分類Ⅰ〜Ⅱ度であれば,妊娠によく耐容し,母体と胎児の予後は良好である166),179) (レベルB).妊娠前NYHA分類Ⅱ度以上の症例では,心不全を合併することがある179) .肺高血圧症残存例は「肺高血圧症」の項 に従う. 大動脈弁逆流が合併する場合,妊娠中の容量負荷増大により心不全が発症することもあるが,通常,妊娠中の末梢血管抵抗低下が有利に働くため,妊娠・出産には比較的よく耐えられる5) (レベルB).大動脈弁逆流の悪化に対しては血管拡張薬が有効である181) が,アンジオテンシン変換酵素阻害薬は胎児腎毒性と催奇形性の可能性があるため,妊娠中は禁忌である.④ 心内膜床欠損症(房室中隔欠損症)術後 遺残症や肺高血圧がなく,NYHA分類Ⅰ〜Ⅱ度であれば,妊娠によく耐容する166) (レベルB).遺残症(房室弁逆流および狭窄,左室流出路狭窄),不整脈(上 室性頻脈,完全房室ブロック),肺高血圧症などが問題となるため,妊娠前の十分な心機能評価が必要である.内臓心房錯位症候群* 注:に合併した房室弁逆流は進行する可能性が非合併例より高く,また,洞性徐脈,完全房室ブロック,上室性頻脈の発生率も高い1),182),183) .したがって,妊娠中の心不全や不整脈の出現には注意を要する59) .肺高血圧症残存例は「肺高血圧症」の項 に従う. 悪化した房室弁逆流に対して抗心不全治療を行う場合があるが,アンジオテンシン変換酵素阻害薬の使用は胎児腎毒性の可能性から禁忌となる. * 注)内臓心房錯位症候群(heterotaxy syndrome):無脾症(asplenia)または右側相同(right isomerism),多脾症(polysplenia)または左側相同(left isomerism)と呼ばれる,内臓位置異常と心臓血管異常を合併する症候群である.胸腹部内臓および心臓大血管の通常の左右関係が崩れる(錯綜,錯位する)ために,この用語となっている. ⑤ 動脈管開存症閉鎖術後 遺残症や肺高血圧症が無く,NYHA分類Ⅰ〜Ⅱ度であれば,妊娠によく耐容する179) ( レベルB).コイル塞栓術後も基本的に同じである.⑥ 肺動脈弁狭窄症術後 重度の弁狭窄残存や再狭窄の頻度は低く,NYHA分類Ⅰ〜Ⅱ度であれば,妊娠・出産によく耐容する179) (レベルB). 有意な狭窄が残存している例では,妊娠前にカテーテル治療あるいは再手術を考慮する.⑦ 先天性大動脈弁狭窄症術後 Konno手術後は「弁膜症」の項 に準じる. Ross 手術* 注)後は,大動脈二尖弁や大動脈縮窄症と同様に,妊娠による大動脈壁組織の変化が元来の壁異常を助長するため,大動脈拡張の進行に注意を要する41),184) .Ross 手術後の妊娠において,大動脈弁位の自己肺動脈弁や肺動脈弁位の移植弁への悪影響はなく,妊娠中や妊娠後の母体合併症はなかったという報告がある185) .抗凝固療法を必要としないRoss 手術は,機械弁の使用を避けられるため,大動脈弁置換術を必要とする若年女性にとって,考慮に値する術式と考えられる.Ross 手術は自己組織の置換であるが,右室流出路は人工物を使用することが少なくないため,感染性心内膜炎のリスクは高い.よって,分娩時の心内膜炎予防を推奨する(レベルB). ⑧ Ebstein 病術後 右心機能が悪く,有意な三尖弁逆流を伴い,右室拍出量が少ないため,妊娠中の容量負荷時に右房拡張を生じ,上室性不整脈を伴うリスクがある.生体弁による三尖弁置換術後では(「弁膜症」参照 ),容量負荷増大により弁機能の低下や右心不全悪化が起こることがある.WPW症候群による上室性頻脈も心不全を増悪させる.妊娠前のNYHA分類Ⅰ〜Ⅱ度であれば,妊娠に耐容する176) (レベルB).母体の心合併症は少ないが,流早産率が高いとされる176) .弁形成術後でも何らかの遺残弁病変が残ることが多いため,人工弁置換術後の場合も含めて,感染性心内膜炎のリスクは高いと考えられる.そこで,基本的に,分娩時の心内膜炎予防を推奨する(レベルB).⑨ 修正大血管転位症術後 修正大血管転位症は,体心室が形態学的右室であり,その心室の房室弁である三尖弁はEbstein病様形態異常を伴うことがある.右室機能低下が加齢とともに現れ,三尖弁逆流の出現増悪が心機能低下を悪化させる177) .完全房室ブロック合併の頻度も高い186) . 手術は合併する心内異常による.単なる心室中隔欠損閉鎖,右側心室(形態的左室)肺動脈間に心外導管を使う心外導管手術,三尖弁置換術などである.房室ブロックにはペースメーカ植え込みを行う場合もある. 原則的に,妊娠前のNYHA分類Ⅰ〜Ⅱ度であれば,妊娠によく耐容する177),187) .三尖弁置換術後は「弁膜症」の項 に,ペースメーカ植え込みは「抗不整脈治療」の項 に従う.一部の症例に,従来の修復方法と異なり,左室を体心室とするdouble switch手術(註)が行われている187) .この術式は,妊娠時の容量負荷に十分耐え得ると考えられるが,現時点で出産経験の報告は確認できない. 体心室である右室の三尖弁逆流を伴う疾患であり,修復術後も,人工弁や何らかの遺残病変・続発病変が残ることが多いため,感染性心内膜炎のリスクは高いと考えられる.以上から,分娩時の心内膜炎予防を推奨する.* 注)double switch手術:心房位と大血管の血流転換手術を同時に行い,最終的に左室が体心室となる(心房位変換術であるMustard手術もしくはSenning手術 と,大血管位変換手術のJatene手術もしくは心外導管手術の組み合わせで行われる.術式の詳細については,「成人先天性心疾患診療ガイドライン」188) を参照 されたい).
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版) Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)