1 母体に基礎心疾患を伴わない場合の(一般の妊娠時の)不整脈
① 一般の妊娠時不整脈の頻度

 健常女性の妊娠時の不整脈として,上室性期外収縮,心室性期外収縮,発作性あるいは慢性の心房粗・細動および心房頻拍,発作性上室頻拍,心室頻拍,伝導障害等の報告がある.しかし,単源性あるいは多源性上室性期外収縮,多源性心室性期外収縮,上室性期外収縮連発以外の複雑な不整脈の合併はまれである1),295),297)-301)

② 頻脈性不整脈

1)上室性期外収縮,心室性期外収縮
 期外収縮は非妊娠時の女性でも高率にみられ,24時間Holter心電図検査では,上室性が64%,心室性が54%と報告されている.妊娠時においてはそれぞれ89%,74%である2).上室性あるいは心房性期外収縮は,妊婦の約60%にみられ,妊娠中の不整脈の中で最も頻度が高い295),303).ほとんどが無症状であるが,期外収縮の頻度が増加すると,動悸や胸部不快などの症状を自覚することが多くなる295).治療を要することはまれであるが,禁酒,カフェイン摂取制限,脱水改善目的の飲水,十分な睡眠などの生活指導,精神的サポートなどの後に,必要があると判断された場合に薬物治療を検討する.

2)発作性上室頻拍
 副伝導路を介する房室回帰性頻拍(WPW症候群など)や,房室結節回帰性頻拍などの上室頻拍は,妊娠中に約50%が再発する304).一方,妊娠中には発作性上室頻拍の頻度が増加し,出産後に軽快するとした報告もある298).22%の症例において,非妊娠時に比較して妊娠中の方が,症状が悪化するとの報告もある305).妊娠中に初発する発作性上室頻拍は比較的まれである301)

3)心房粗動,心房細動,心房頻拍
 基礎心疾患のない心房粗・細動や心房頻拍は,比較的まれと報告されている.これらの不整脈の妊婦では,弁膜症,先天性心疾患,心筋症,甲状腺機能亢進症,電解質異常などを合併する場合が多い.基礎心疾患の有無にかかわらず,発作性の心房粗動,心房細動,心房頻拍の妊娠中の再発率は,約50%と考えられている304).洞調律に復帰できない場合には,抗凝固療法や抗血小板療法を考慮するが,その催奇形性作用や出血性疾患の合併が妊婦や胎児に与える影響は大きいので,慎重に投与する必要がある(「弁膜症」─「抗凝固・抗血小板療法」参照).

4)心室頻拍
 基礎心疾患を伴わない正常妊婦での心室頻拍の報告は少ない.特発性心室頻拍として流出路起源性やベラパミル感受性の症例が報告されている306).また,妊娠を契機に特発性心室頻拍を発症する場合や,発作の頻度が増加する場合もある.基礎心疾患のない,無症候性の特発性心室頻拍には,治療の有用性は示されていない.

5)QT 延長症候群
 遺伝性QT延長症候群の妊娠期間中におけるリスク評価に関しては,Rashba等307)が詳しく検討している.妊娠中の不整脈イベントの発生率は妊娠前と比較して著変がないが,出産後の発生率は有意に高く,不整脈イベント回避にβ遮断薬は有効である307).遺伝子解析の結果では,出産後の不整脈イベントは,type 2 において高率にみられる308)

③ 徐脈性不整脈
 基礎心疾患のない正常妊婦では,妊娠中の徐脈性不整脈の新たな発症は少ない.

1)洞不全症候群
 基礎疾患のない正常妊婦の洞不全症候群は,甲状腺機能低下症による徐脈や,自律神経反射で起こる神経調節性失神による一過性徐脈が多い.無症候性の場合は,妊娠・分娩中を通して治療の必要性もない場合が多い306)

2)房室ブロック
 Ⅰ度からⅡ度房室ブロック(Wenckebach型)までは,妊娠年齢において比較的多くみられるが,臨床的に問題となることはない309).完全房室ブロックの多くは先天性であり,無症候性の場合には治療の対象とならないことが多い.後天性あるいは基礎心疾患のある場合には,治療の対象となる310).先天性完全房室ブロックが妊娠中に初めて診断される場合もあるが,無症候性の場合は基礎心疾患の有無を問わず,一時ペースメーカも不要な場合が多い311)

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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)