2 母体に基礎心疾患を伴う場合の不整脈
① 病態的意義

 基礎心疾患患者,特に先天性心疾患術後では,妊娠・出産時に不整脈を新たに発症するか,既存の不整脈が増悪することがある.特に心房粗・細動,心房頻拍,心室頻拍,高度房室ブロックなどは,有意な循環動態の変化を生じやすく,母体や胎児への影響が大きいため,的確な診断と緊急治療を要することが多い.また,抗不整脈薬の使用は,心機能低下や催奇形性など,母体と胎児の双方に悪影響を及ぼす可能性がある.

 先天性心疾患術後患者が,妊娠中に有意な不整脈を認める場合でも,不整脈の種類によっては,厳重な観察や適切な抗不整脈治療を行えば,罹病率は高いものの母体死亡は少ない25),59),179),297).しかし,頻脈性不整脈の場合は,基礎心疾患に基づく循環動態異常や心機能低下の影響を受けて,母体・胎児ともに罹病率が高く,母体死亡に至ることもある.さらに,胎児の流死産や低出生体重児の頻度も高くなる25),59),179),297)

② 妊娠時不整脈の頻度

 先天性心疾患およびその手術後の妊婦の調査において,厳重な観察を要する不整脈(有意な不整脈)を6.6%程度に認め,そのうち3.5%は不整脈治療を要した1)

 先天性心疾患術後は,疾患により妊娠中の心拍数の増加がみられないことがあるという特徴がある1),2).さらに,妊娠中の不整脈発生あるいは悪化の頻度が高い.また,妊娠後と比べ,妊娠中は不整脈の増加が認められる1)

③ 先天性心疾患の不整脈機序とその病態

 頻脈性不整脈の発生には不整脈基質(substrate),電気的異常興奮である期外収縮(trigger),心臓の容量負荷や圧負荷などを来たす誘因(modulating factor)の3つが関与している.先天性心疾患術後患者においては,手術時に形成された切開線やカニュレーション部位が障害心筋領域や瘢痕として心房や心室に残存している可能性がある.それら障害心筋領域と心臓内に元来存在する解剖学的障壁(弁輪,分界稜,動静脈─心筋接合部)が,リエントリー性頻拍回路の一部や伝導遅延部位や異常興奮部位を形成することがあり,これがsubstrateとなる.手術前後の病態や手術術式に特有なsubstrateやmodulating factorを生じることがある.

 心房手術後患者の場合,心房内到達のための心房自由壁への切開,複雑な心房内修復手術,心室中隔基部の修復手術などのために,洞機能不全や房室ブロックを来たすことがある.基礎心疾患に伴う刺激伝導系の障害や,抗不整脈薬の投与により,さらに洞機能不全や房室ブロックを来たしやすくなると考えられる312)

1)頻脈性不整脈を伴いやすい基礎心疾患
 WPW症候群はEbstein病に合併しやすく,房室回帰性頻拍や偽性心室頻拍の原因となる.修正大血管転位症でも10%前後にEbstein病を合併することから,WPW症候群が一般よりも高頻度にみられる.また,修正大血管転位症や内臓心房錯位症候群などは,2つの房室結節を有することがあり,それらを頻拍回路の一部とした房室回帰性頻拍を認めることがある313).基礎心疾患患者における上室頻拍には,基礎心疾患がない場合と同様に,房室回帰性頻拍,房室結節回帰性頻拍,心房粗動,心房頻拍などがある.多くの心房頻拍は,障害心筋領域や瘢痕や解剖学的障壁によって回路の一部が形成された,マクロリエントリー性心房頻拍(非通常型心房粗動,心房内リエントリー性頻拍,incisional 心房頻拍)である314).基礎心疾患術後の上室頻拍のうち,頻度が高く重要なのが三尖弁周囲をリエントリー回路とする通常型心房粗動である.発作性の心房粗動・心房細動は,リウマチ性弁膜症,完全大血管転位症,房室中隔欠損症(特に僧房弁逆流遺残),多脾症に多く,慢性の場合はリウマチ性弁膜症に多い1),304)

 心内修復術のため右室自由壁切開閉鎖(直接閉鎖,パッチ修復),肺動脈弁下心筋切除,心室中隔閉鎖(直接閉鎖,パッチ閉鎖)などが行われたFallot四徴症術後患者には,マクロリエントリー性心室頻拍が発症することが少なくない315).不整脈源性右室心筋症では,抗不整脈薬の継続により良好なコントロールが得られているが,妊娠第Ⅲ期に心室頻拍を認めた報告がある316)

 Fallot四徴症,心房中隔欠損症,心室中隔欠損症,房室中隔欠損症(特に僧房弁逆流遺残),多脾症などで,手術後の続発症・遺残症を伴う場合や,経年的に心室あるいは心房負荷の増大する場合に,有意な不整脈の合併頻度が高い1).右室が体循環側心室を担う,修正大血管転位症術後(血流転換術を施行してない場合)や177),完全大血管転位症のMustard/Senning手術後201)や,肺循環側心室がないことから前負荷予備能が低いFontan手術後197)では,妊娠中に上室頻拍を合併すると緊急治療を要する場合が多い.

 心房細動は心房内血栓形成傾向が強く,妊娠時の凝固能亢進状態と重なるため,早期治療を要する.一方,心室頻拍は妊娠中の発生自体が少なく,非持続型では治療を要する例も少ない1).治療を要する不整脈は妊娠前から認められる場合もあるが,妊娠7か月以降に増加することが多い1)

④ 不整脈危険因子

 妊娠の生理的変化(「妊娠・分娩の循環生理」参照)に加え,上に述べた基礎心疾患や心臓手術術式特有なものの他に,修復術で加えられた心房あるいは心室切開線は頻脈性不整脈の重要な基質になる可能性がある317),318).さらに,心房負荷を伴う病態では上室頻拍を,心室負荷を伴う病態では心室性不整脈を生じやすい317).同一疾患でも,NYHA心機能分類の悪い場合や,心不全の強い場合は,不整脈治療を要する傾向が強い2),318)

⑤ 妊娠前の検査とカウンセリング

1)妊娠前の検査
 (1)抗不整脈薬投与を行っていない場合は,妊娠中の不整脈増悪因子の有無(不整脈の既往,基礎心疾患の循環動態,心不全の有無,心不全治療薬使用の有
   無)を確認する.不整脈増悪因子を持つ場合は,慎重な経過観察を要する.
 (2)妊娠前に運動負荷検査を行うことにより,心筋予備能だけでなく,妊娠時の不整脈出現の有無判定の参考になる場合がある(運動負荷検査の際は妊娠中と同
   様に,心拍数増加,心拍出量増加,末梢血管拡張,カテコラミン分泌増加などが認められる).

2)妊娠前のカウンセリング
 基礎心疾患術後妊娠患者の不整脈に関する以下に述べる背景的知識を,妊娠・出産を望む患者に十分に説明し,理解を得る必要がある.

 (1)基礎心疾患自体が重症あるいは妊娠継続が困難な場合(心不全が強い場合など)を除き,不整脈という理由だけで,避妊する必要はない317),318)
 (2)上室性期外収縮や心室性期外収縮単独では,抗不整脈薬投与による母体・胎児への弊害の方が大きいため,通常は治療の対象にならない317),318)
 (3)妊娠中に動悸を強く訴える場合があるが,多くは不整脈ではなく,妊娠時の生理的洞性頻脈である295)
 (4)頻脈性不整脈(特に上室性)は,妊娠中に緊急治療を要する場合がある.
 (5)抗不整脈薬投与継続中の場合は,薬剤の安全性を検討し,安全性が確立できていないときは,薬剤変更あるいはカテーテル・アブレーションも考慮する
   (「抗不整脈治療」参照).

⑥ 妊娠中の経過観察


 先天性心疾患術後患者の妊娠中の不整脈は,母体・胎児に対する危険因子の1 つであり,成人先天性心疾患担当医,麻酔科医,産科医,不整脈を専門とする医師,新生児科医の密接なチーム医療により経過観察を行うことが必要である.
外来経過観察には,以下の診察,検査項目が含まれる.
 (1)不整脈に関する問診:特に動悸,頻脈,徐脈の既往の有無.
 (2)心電図検査:長めの記録(3分間)による不整脈チェック.
 (3)Holter心電図検査:動悸の訴えが強い場合,上記検査で更なる情報を必要とする場合など.
 (4)体表面加算平均心電図検査:心室頻拍が危惧される病態の場合.

⑦ 不整脈増悪因子の評価

 心不全や術後の遺残症・続発症を伴うなど,不整脈増悪因子を認める場合は,不整脈を専門とする医師のいる総合病院での出産が望ましい.抗不整脈薬投与を受けている場合,妊娠中は薬剤吸収,体内活性,排泄などが非妊娠時と異なる5)ため,経時的な薬剤血中濃度の測定が必要である.また,抗不整脈薬は催不整脈作用を認める場合もあるため,治療効果判定を慎重に行う.

⑧ 入院加療を要する病態

 循環動態変化をもたらす頻脈性不整脈では,急激に心不全が悪化する場合もあるので,入院による加療が望ましい.特に,基礎心疾患による心不全を認める場合や,心房圧の高い病態(房室弁狭窄,中等度以上の房室弁逆流,心室拡張末期圧が高い場合など)では,入院により緊急の治療を要する.また,心不全の併発あるいは悪化の際は,入院を必要とする.

⑨ 分娩時の管理

 分娩時は,急激な循環動態的変化を伴う319).このため,妊娠中にみられる不整脈の悪化,新しい不整脈の出現をみることが多い.分娩時に有意な不整脈の出現または悪化の可能性がある場合は,心拍数,血圧,心電図などのモニター監視が必須となる.

 帝王切開の適応は,一般的な産科的適応に準ずる.胎児適応による帝王切開を除けば,基本的に母体の心循環動態の重症度により帝王切開の適応を決定する.不整脈を伴う先天性心疾患術後の女性に対して帝王切開を行うことは比較的少なく,多くは経腟分娩が可能である1)

⑩ 出産後の外来管理

 出産後に,心不全増強,不整脈合併,既存の不整脈の悪化を認める場合などがある.妊娠中に有意な不整脈合併を認めた場合,病棟内歩行や入浴などを開始する頃から,循環動態が妊娠前の状態に戻るまでの約4 週間は,不整脈の発生や悪化に注意が必要である.出産後早期は(特に授乳を行っている場合),心電図モニター装着が難しく,Holter心電図は十分に行えないことがある.また,授乳により抗不整脈薬が児へ移行する場合には150)「抗不整脈治療」参照),薬剤変更あるいは人工栄養への変更も考慮する317),318)
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)