4 妊娠中や授乳中の使用に特に注意を要する薬物
 心疾患女性に使用される薬物で,妊娠中や授乳中の使用に特に注意を要する薬物に関して,以下に述べる.薬物治療の詳細に関しては,「感染性心内膜炎」「肺高血圧症」「弁膜症」「高血圧症」「子宮収縮のコントロール」「抗不整脈治療」「抗心不全治療」などを参照されたい.

 アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬は,胎児・新生児の腎臓に直接作用して,腎不全や流産・死産などを引き起こす152)ため,妊娠第2〜3期の使用は禁忌(FDA勧告のD分類)とされている(レベルB).また,対照研究ではないが,ヒトへのアンジオテンシン変換酵素阻害薬の使用において,催奇形性が報告されている153)ため,妊娠第1期の使用においても,特に厳重な注意が必要である.同様な作用機序のアンジオテンシン受容体拮抗薬も,妊娠第2〜3期の使用は禁忌(FDA勧告のD分類)であり,催奇形性への厳重な注意も必要である.

 β遮断薬は,以前より子宮内胎児発育不全(intrauterine growth retardation:IUGR)との関係を指摘されてきたが,もともとの母体リスクや,過量投与による胎盤循環不全の影響の方が大きいと考えられている.分娩近くにも使用する場合は,胎児・新生児の徐脈や低血糖に対する注意が必要である.多くのβ遮断薬はFDA勧告のBまたはCと分類され,妊娠第2〜3期に使用する場合はD分類となり,特に分娩に近い時期の使用について注意が喚起されている.なお,アテノロールは妊娠全期間において,D分類とされている.メトプロロールは,母乳中での濃縮が報告されているため,内服中の授乳は避けることが望ましい.

 フェニトインは,胎児ヒダントイン症候群などの催奇形性があり,不整脈への適応がジギタリス中毒などに限られるため,妊娠中に使用される状況は少ないと考えら
れる.また,添付文書上のフェニトインの使用適応は,てんかん発作に限られていることにも注意する必要がある.

 アミオダロンは高濃度のヨードを含み,胎児の甲状腺機能異常(主に機能低下症だが亢進症もある)の副作用があるため,基本的に禁忌とされている(FDA勧告の
D分類).母体・胎児の難治性不整脈などに対して,アミオダロンの投与が避けられない場合は,厳重な注意が必要である.アミオダロン使用による胎児奇形の報告
が以前にみられたが,偶然であった可能性が高いとされている.アミオダロンは母乳中での濃縮が報告されているため,内服中の授乳は避けることが望ましい.

 ボセンタンは,動物実験において催奇形性が報告され,FDA勧告ではX分類(絶対禁忌)とされている.

 ループ利尿薬は比較的安全に使用可能であるが,母体低血圧や子宮胎盤血流低下を避けるために,過量投与や急速投与に注意が必要である.抗アルドステロン薬であるスピロノラクトンは,抗アンドロジェン作用による胎児の女性化が懸念されるが,実際の報告はない.多くの利尿薬は,FDA 勧告のC分類とされ,妊娠高血圧症候群に使用する際はD分類とされている.

 ジゴキシンの使用に際しては,母体の血中濃度モニタリングによる使用量の調節が,母体・胎児のジギタリス中毒の予防に有用となる.

 抗凝固療法を行う際は,凝固能を経時的にモニターして,出血や血栓症などの合併症に注意する必要がある.ワルファリンは妊娠初期の使用で催奇形性が報告され,また,胎盤通過性もあるため,胎児・新生児の出血性疾患のリスクがある.ヘパリンは,分子量が大きく胎盤を通過しないため,胎児毒性はないが,ワルファリンと比較して,血栓症の発症が多いとされている.欧米では低分子ヘパリンの使用が増えていているが,国内での適応症に心血管疾患に対する血栓予防はない.

 アスピリンには,催奇形性や胎児動脈管早期閉鎖などの胎児毒性があり,周産期死亡率を高めることが知られているが,抗血小板療法として低用量投与を行う場合は,FDA勧告のC分類とされ,比較的安全である.しかし,薬剤添付文書上は,「出産予定日の12週以内の妊婦には(用量にかかわらず)禁忌」とされているため,妊娠中後期に使用する際には,十分な説明と同意を得る必要がある.
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)