2 拡張型心筋症・産褥心筋症(周産期心筋症)
① 拡張型心筋症
拡張型心筋症は比較的まれな疾患であることのほかに,男性に多いこと,小児期を含む若年者では予後が不良であり,既にアンジオテンシン変換酵素阻害薬を含む抗心不全治療を導入されている症例が多いことなどの理由から,本症を有する女性が妊娠・出産を経験することは少ない283).心不全が代償期にありNYHA分類Ⅰ度が持続し,薬物投与を中断することができる症例ならば,妊娠により致死的な心不全にまで至ることは少ない284).しかし,妊娠後期に重症心不全を発症する例もあり285),また後述の産褥心筋症の原因がいまだ不明であり,潜在する拡張型心筋症からの移行も否定できない現状では,軽症心不全例でも妊娠・出産については慎重な検討を要する(レベルC,「心不全(共通の病態として)」参照).
② 産褥心筋症(周産期心筋症)
心疾患を指摘されていない妊婦が,妊娠後期から産褥期に拡張型心筋症類似の病態を呈し,うっ血性心不全を発症する原因不明の心筋症を産褥心筋症(周産期心筋症)と称する.米国における発症は1,000〜15,000分娩に1例であり,心筋症による妊婦死亡の約70%を占める283).妊娠高血圧症候群,高齢出産,多産婦,アフリカ系民族,遷延分娩,多胎妊娠などが危険因子とされるが,人種,多胎については関連が強くないとする統計も発表されている286).産褥心筋症の機序として,心筋炎,自己免疫機序,アポトーシス,ウイルスやクラミジア感染の関与,チアミン(Vit. B1)欠乏などが報告されているが,その原因はいまだ明らかではない.
発病は出産後1か月以内が最も多い.初発症状は胸痛,労作時呼吸困難,動悸のほか,発作性夜間呼吸困難,喀血などの肺うっ血症状,血栓塞栓症などが高頻度にみられる.約50%は分娩後6か月までに正常心機能に回復するが,左室機能低下が遷延進行することもあり,このような症例の予後は不良である.
胸部X線では心陰影の拡大,肺うっ血,胸水貯留,心電図では左室肥大,ST-T変化,種々の伝導障害と不整脈などが認められる.心臓超音波検査では左室および右室の拡大と収縮性低下が特徴的であるが,心膜液貯留,僧帽弁・三尖弁・肺動脈弁逆流も認められる.心筋生検では,心筋細胞変性,間質浮腫,線維化などが高率にみられるが,いずれも非特異的であり,これらの所見の有無が予後と相関しないとの報告もあり287),心筋生検は診断に必須ではない.
心不全発症例の治療は,入院安静と塩分制限を基本とし,ヒドララジンや硝酸薬による血圧の管理と後負荷軽減療法,およびループ利尿薬の投与を行う(レベルC).両心室内に血栓を生じることが多いため,心臓超音波検査による定期的な観察とヘパリンによる抗凝固療法を行う288)(レベルC).NYHA分類Ⅲ〜Ⅳ度の重症心不全を発症した症例に対して,免疫グロブリン289)やアザチオプリン290)などを用いた報告があるが,その有用性はいまだ定まってはいない.最重症例では,拡張型心筋症例と同様に,カテコラミンの投与,IABP(大動脈内バルーンパンピング)や体外循環なども考慮する.出産後の慢性心不全に対しては,拡張型心筋症の治療に準じて,アンジオテンシン変換酵素阻害薬やβ遮断薬の投与を行い,状況に応じては心移植の適応も検討する291)(レベルC).
心筋生検で炎症細胞の浸潤が証明された症例では,免疫抑制剤が有効となる可能性があるが290),副作用などのため使用されることはあまり多くない.小規模の検討であるが,ガンマグロブリンが産褥心筋症の左室機能を改善したとする報告もある289).産褥心筋症への16kDaプロラクチンの関与が報告されてから,臨床でもブロモクリプチン投与により左室収縮能が改善した症例が報告されるようになってはいるが,現時点では前向き試験で効果が証明されているわけではない292).
産褥心筋症患者のうち,分娩後も左室駆出率50%以下が継続する症例では,再妊娠により心機能が悪化して死亡する率も高いため,このような症例では避妊を強
く勧める293)(レベルB).一般には,分娩後に心収縮力が正常化した例では,再度の妊娠・出産は可能であると考えられるが,産褥心筋症の既往のない妊婦よりも,心不全の再発のリスクが高く,胎児と母体の予後が不良であることも指摘されており,慎重な検討が必要である294).
③ 胎児・新生児への影響
妊娠末期や出産後の発症が大部分であるが,低出生体重児や死産の頻度がやや高い.薬物使用時には,胎児および母乳栄養児への影響も十分考慮する必要がある(「抗不整脈治療」,「抗心不全治療」の表を参照).
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)