2 主要な肺高血圧症例の妊娠・出産時経過
① 特発性/ 遺伝性肺動脈性肺高血圧症

 肺高血圧症臨床分類の第1群に属する特発性PAHと遺伝性PAHは, 従来は原発性肺高血圧症(primary pulmonary hypertention:PPH)と呼ばれていた疾患に相当する.PPHは原因不明の高度の肺高血圧症を主徴とし,妊娠可能年齢の女性に好発することが知られ,また未治療例では診断から死亡までが平均2.8年と極めて予後不良である.本症は我が国では特定疾患治療研究事業の対象疾患(難病)に指定され,臨床調査個人票を用いた疫学調査では,2007年度に1,023例が登録されている.本症では時に妊娠を契機に新たに診断される例が散見される.

 PPHにおける妊娠・出産の報告は1964年に遡る221).本報告では16例のPPH例における23回の妊娠結果について解析が行われた.妊娠期間中9例が死亡した.そのうち7例は突然死であり,6例の死亡時期は妊娠最後の2か月であった. また1978年から1996年の18年間の肺高血圧症合併妊娠を集計したWeissらの論文では,PPHについては27例が報告されている.妊産婦死亡は8例(30%)であり,全例が出産後の死亡であった.呼吸困難やチアノーゼが出現し,喀血,肺高血圧クリーゼが生じ,肺血栓症例も存在した.妊娠31週未満の出産は22%,32〜36週の出産は37%,満期の出産は41%であった.新生児の出生時体重は低い傾向にあった(1,978±758g).早産児の3例が死亡した.PPHの個々の臨床症状や周産期における治療内容と予後とは相関しなかった27)

②  Eisenmenger 症候群(「先天性心疾患」-「チアノーゼ残存例」も参照

 先天性心疾患において,体循環系- 肺循環系間に両方向性または逆方向性の血流短絡が存在し,体血圧と同程度の肺高血圧症(肺血管抵抗が10 wood単位以上)が存在する場合がEisenmenger症候群と定義されている. 本症候群も肺高血圧臨床分類の第1 群に属するが,病態生理上では右- 左短絡が存在する点で他のPAHと大きく異なり,低酸素血症が高度であることを特徴とする.

 Eisenmenger症候群例の妊娠については,1940年代から1978年の間,44例70回の妊娠結果について調査が行われ,妊娠関連死は52%,妊産婦死亡率は30%であったとの報告がある215).早産は55%で生じ,約1/3例では子宮内胎児発育不全がみられ,周産期の新生児死亡率は28%であった.その後,前記のWeiss論文では,73例のEisenmenger症候群の妊娠結果が報告され,妊娠中の死亡が3例,出産後30日以内の死亡が23例,その後の死亡が3例あった.出産後に低酸素血症の増悪,肺高血圧クリーゼ,徐脈,肺血栓塞栓症,脳血管障害,痙攣などの様々な合併症が生じ,Eisenmenger症候群例の出産に関連した死亡例は26例(36%)に達していた.死亡原因の多くは肺高血圧クリーゼか原因不明の突然死(20例,27%)で,肺血栓塞栓症や脳血栓症による死亡例も存在した.70例の出産については 31週未満の出産が20%,32〜36週の出産が33%,37週以降出産の満期出産が47%であった27).生産児は66例であったが,胎児死亡または早期新生児死亡(生後1週間以内)が6例,後期新生児死亡が3 例(先天性心疾患のため)あり,胎児・新生児死亡率は13%であった.分娩様式や麻酔法と周産期死亡との間に一定の関連はなかった.最近の研究では,本症における妊娠関連の死亡率は減少している可能性が示されている.しかし,現在でも妊産婦死亡率は30〜50%と推定され,予後規定因子も明らかではない222)

③ その他の先天性心疾患に合併する肺高血圧症

 短絡性の先天性疾患では,Eisenmenger症候群の診断基準には合致しないがこれに準じる高度肺高血圧の合併例,修復術後も肺高血圧症の残存する例,小児期に心内修復術を行っているが,成人期になって肺高血圧が出現している例など,様々な病態の症例が存在する.これらの症例における妊娠・出産時の現状については十分なエビデンスはない.手術未施行の短絡性の先天性心疾患/肺高血圧合併例では,妊娠時に肺高血圧がさらに高度となり,Eisenmenger化する場合がある.このような妊婦に対しては,Eisenmenger 症候群やPPHに準じて対応する必要がある.ただし,肺高血圧が高度でなく,運動耐容能が保たれている場合には,慎重な経過観察が必要であるが,特に問題なく妊娠を経過することもある.

④ 全身疾患の合併症としての肺高血圧症

 PPHや先天性心疾患に関連する肺高血圧症以外にも,結合組織病(膠原病)や門脈圧亢進症など多様なPAH合併例で妊娠の報告があるが,妊娠経過について情報の集積は少ない.高安大動脈炎,結合組織病に合併したPAH,薬剤性のPAH,肺血栓塞栓症,多発性末梢性肺動脈狭窄など,25例の肺高血圧症合併妊娠を分析したWeissらの報告では,妊産婦死亡例は14例(56%)と極めて高く,全例が出産後の死亡であり,死因は心不全であったとしている27)
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)