1 カテーテル・インターベンション
① バルーン弁形成術

 我が国では,妊娠・出産可能な年齢におけるリウマチ性弁膜症を経験することは,皆無に等しいと思われる.しかしながら,先天性の肺動脈弁狭窄症,大動脈弁狭窄症,および僧帽弁狭窄症などを伴う妊娠・出産は時に経験される.また,東南アジア諸国では,リウマチ性弁膜症患者がいまだに多く存在するため,これらの国から日本に移住した女性が,リウマチ性弁膜症を合併している可能性もある.

 弁膜症の場合,妊娠経過中の心拍出量増大に伴い,圧較差も増大することが知られている28),154),358).通常,その変化は許容範囲内であり,心不全症状の出現を認めることは少ない.しかしながら,狭窄の程度が強い場合は,妊娠経過中に心不全症状が増悪することが報告されている.このような状況において,バルーンカテーテルを用いた妊娠中のカテーテル治療の有効性が報告されている.いずれも経験は限られており,緊急避難的意味合いが強い.このため,妊娠中のバルーン弁形成術を主体とするカテーテル治療は,あくまでも急性の心症状の改善を目的に施行されるものであり,通常のカテーテル治療の治療基準をそのまま適応するものではない.しかしながら,心臓超音波検査所見などから,妊娠継続に伴い極めて重篤な合併症が発生する可能性のある場合には,その適応を考慮する.

 各狭窄病変に起因する妊娠経過中の心症状(動悸,息切れなど)は,心疾患に起因するものか,通常の妊娠経過に伴う一過性のものか,鑑別が困難な場合が多い.カテーテル治療に際しては,存在する心症状が狭窄病変によってもたらされているという評価を客観的に行う必要がある358),399),400).また,狭窄病変の評価は妊娠経過を通して複数回行う必要があり,特に妊娠前との比較が重要である.

 カテーテル治療の時期は,胎児の器官形成時期を経過した後の,妊娠18週以降に行われることが望ましい.さらに,胎児への放射線被曝を最小限にとどめるために,母体腹部周囲を放射線遮蔽用具で保護することが推奨される400),401)

 治療の対象としては,明らかな心症状を有する肺動脈弁狭窄症,大動脈弁狭窄症,僧帽弁狭窄症,末梢性肺動脈狭窄症などが考えられる.大動脈縮窄症においては,組織学的に存在する大動脈壁の嚢胞性中膜壊死(cystic medial necrosis)が,妊娠に伴いさらに脆弱性を増している可能性があるため,バルーン弁形成術は危険と考えられる.また,大動脈弁狭窄症に対するバルーン弁形成術では,大動脈弁逆流の発生を最小限に抑える必要があり,慎重なバルーンサイズの選択が必要である(クラスⅡ a,レベルC).

(1)肺動脈弁狭窄症および末梢性肺動脈狭窄症
  適応:右室─肺動脈圧較差50mmHg以上
  バルーン径:肺動脈弁輪径の100〜140%
(2)大動脈弁狭窄症
  適応: 左室─大動脈圧較差50mmHg以上,弁口面積 0.6cm2/m2 以下
  バルーン径:大動脈弁輪径の80〜100%
(3)僧帽弁狭窄症
  適応: 肺うっ血症状,心房性不整脈合併のある場合

2)有効性と予後
 妊娠中に施行されたバルーン弁形成術の長期予後に関する報告は,極めて限られている.肺動脈弁狭窄症に対するバルーン弁形成術においては,良好な長期予後が報告されている.一方,大動脈弁狭窄症においては,石灰化や変形の著しい弁には不適あるいは効果が不十分であり,大動脈弁逆流の進行により人工弁置換術を含む外科治療を必要とする場合が多く,長期予後は必ずしも良好とは限らない(クラスⅡ a,レベルC).

② カテーテル心房中隔欠損閉鎖術

 心房中隔欠損症に対する,Amplatzer閉鎖栓によるカテーテル治療が可能となり,我が国の治療実績も増えてきている.未治療の心房中隔欠損症でも,多くの場合は通常の妊娠・出産が可能であり,妊娠中にカテーテル治療が必要となることは通常は考えられない.
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)