2 妊娠中の心臓血管外科手術,補助循環
 妊娠中に心臓血管外科手術が必要とされる状況が時にみられる154),156).大動脈狭窄性病変の進行,弁逆流性疾患に伴う弁逆流悪化や心不全増悪,大動脈拡張性疾患での大動脈解離や巨大瘤,あるいは,感染性心内膜炎罹患による疣腫(vegetation)や心不全増悪などが,手術介入判断などの決め手となる154),156),174),402).これら緊急手術例の多くは,以下の2 つの場合である.

 (1)胎児発育が出生後の発育に不十分な時期は,人工流産後に外科手術を行う.
 (2)胎児に出生後の発育が望める時期は,帝王切開あるいは誘発分娩を行い,同時あるいは直後に心臓血管外科手術を行う.

 妊娠中の人工心肺を用いた手術は,母児ともに危険率が非常に高い.心臓外科手術中に母体に低心拍出状態を生じるが,この低心拍出状態から胎児を守ることが非常に大切である.胎児側にとって,高流量,高血圧(動脈平均圧を高く保つ)を保ち,低体温を避け,さらに人工心肺運転時間が短いことが望ましい402)( レベルB).人工心肺運転中は,胎児心拍数モニタリング下に,胎児心拍数を一定に保つ.胎児徐脈発生時には,人工心肺流量を増量すると,胎児徐脈が回復することが多い.妊娠中の開心術による胎児死亡率は,13〜20%と報告されている156),402)(レベルB).一方,妊娠中の心臓血管外科手術による母体死亡率は低い402)が,母体罹病率は高い.したがって,内科的治療が限界で,母体に明らかな悪影響を及ぼすと考えられる場合以外には,妊娠中の心臓外科手術を避けることが望ましい(レベルC).あるいは,可能な限り非侵襲的な治療法を選択することが望まれる.人工心肺運転中は,陣痛進行安定化作用を持つプロゲステロン血中濃度が下がるため,子宮収縮が始まることがある174).人工心肺運転中に陣痛が起こると,胎児死亡を起こすため,人工心肺運転中は子宮収縮が起こらないように監視する必要がある402).このために,プロゲステロン投与が行われることも多い174)(レベルB).

 外科手術が避けられない場合,妊娠16〜20週あるいは24〜28週以降に手術を行うと,胎児の安全性が高いとされる358),399),400)( レベルC).現在では,新生児管理が発達しているため,28〜30週以降であれば,分娩後の外科手術を行うことも可能である404),405).手術中に胎児機能不全(non-reassuring fetal status)がみられる場合や,胎児徐脈が持続する場合は,緊急帝王切開術を行うことがある.妊娠中の心臓血管手術は,心臓血管外科,循環器内科または小児科,麻酔科だけでなく,産科や新生児科などの周産期部門も含むチーム医療を行える施設で施行することが望まれる.
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)