2 慢性
① ジギタリス(ジゴキシン)

 ジゴキシンは強心薬,抗不整脈薬として,以前から広く心疾患合併妊婦に使用されている.胎盤通過性は0.5〜1.0と良好であり58),胎児の頻脈性不整脈治療にも用いられることがある.ヒトでは低出生体重児の報告があるが58),比較的安全に妊婦に投与できると見なされている.妊婦では,循環血液量の増加などにより血中濃度が上昇しにくい一方で,腎機能障害の合併や過剰投与による不用意な血中濃度の上昇が出生児の死亡を招いたとする報告もあり379),血中濃度のモニターが勧められている(レベルC).

② ループ利尿薬(フロセミド,エタクリン酸,ブメタニド,ピレタニド,アゾセミド)

 生殖試験では,母獣死亡,流産,胎仔の重症な水腎症と骨格異常の報告がある11).フロセミドは,ヒトの胎盤を通過するため,出生直後の新生児に利尿作用と電解質異常を来たす11).明らかな催奇形性や胎児の有害作用の報告はないが,一般に利尿薬は胎盤の血流障害を生じる可能性があるため,慎重に投与する必要がある11)(レベルC).

③ アルドステロン拮抗薬(スピロノラクトン,エプレレノン)

 スピロノラクトンは,動物では胎仔への抗アンドロジェン作用があると推測されているが,ヒトでは催奇形性や有害作用の報告はみられない11).妊婦への投与報告は少ないため,安全性は明らかでない.エプレレノンは,アルドステロン受容体への選択性が高く,性ホルモン受容体を介する副作用が少ないが,日本での適応症は高血圧に限られ,また,妊婦への使用報告は少ない.

④ サイアザイド系利尿薬(ヒドロクロロチアジド,トリクロルメチアジド)

 生殖試験では催奇形性や胎仔の有害作用は認められず,ヒトの妊娠初期の投与で関連した催奇形性は報告されていないが,妊娠後期の投与により,新生児の血小板減少や380)溶血性貧血381),新生児の低血糖の報告があり382),低カリウム血症・低ナトリウム血症により胎児が徐脈を呈した症例383),母乳への移行は少量であるが母乳分泌低下の報告がある384)

⑤  アンジオテンシン変換酵素阻害薬(カプトプリル,エナラプリル,リシノプリル)

 ラットにおける生殖試験では,胎仔の発育不全,水腎症,骨化障害が報告されている.また,対照研究ではないが,ヒト妊婦への使用により,先天性心疾患や中枢神経系の発生異常などの催奇形性が報告されている153).ヒト妊婦の妊娠中期と末期の投与により,胎児の腎形成障害,羊水過小,頭蓋骨低形成,肺低形成,四肢拘縮,新生児の腎不全や無尿,動脈管開存,子宮内胎児発育不全,新生児死亡の報告がある385),386).本薬剤により,胎児の低血圧と腎血流低下が生じて腎形成の障害を来たし,尿量減少により羊水過少,骨格障害が引き起こされると推測されているが,病理学的には尿細管の変性が主体であり,成因はまだ明らかではない11),387),388)

 本薬剤は一般に,慢性心不全患者に対して薬剤の忍容性がある限り投与が推奨されているが,妊娠中や妊娠を予定する場合には投与を中止する必要がある(レベルC).

⑥  アンジオテンシン受容体拮抗薬(ロサルタン,カンデサルタン)

 ロサルタンのラット母獣への投与により,胎仔の体重減少,腎臓の病理組織変化(腎盂の拡大,腎乳頭浮腫,皮質内細動脈の内膜肥厚,慢性の炎症性変化,腎実質の不規則な瘢痕)の報告がある389)

 本薬剤はアンジオテンシン変換酵素阻害薬に比してヒト妊婦での使用報告は少ないため,安全性については不明である.結節性動脈周囲炎を基礎疾患とした高血圧の妊婦へのロサルタンの投与により,羊水過少症と子宮内胎児死亡が生じ,腎には異常を伴わず顔面と四肢に奇形が認められた報告と390),妊婦に対するカンデサルタンの投与により,新生児の運動神経麻痺と一時的な無尿,血清クレアチニン値の上昇がみられた報告がある391).本薬剤はアンジオテンシン変換酵素阻害薬と類似しているため,先天性心疾患や中枢神経系の発生異常などの催奇形性が生じる可能性が考えられる.また,妊娠中期から後期の使用において,胎児の腎形成障害や腎不全をきたす可能性が示唆されている11).以上より,本薬剤は,アンジオテンシン変換酵素阻害薬と同様に,妊娠中や妊娠を予定している場合には投与を中止する必要がある.

⑦  β 遮断薬(カルベジロール,メトプロロール,ビソプロロール)

 我が国ではカルベジロールのみ慢性心不全に対する保険適用が認可されている.

 ラットでは生殖能力の減退や交配回数の減少,母獣への多量投与で胎仔の体重減少や骨格異常が報告されている11)

 現在までにヒトでメトプロロールに関連した催奇形性や胎児の有害作用の報告はなく,カルベジロールとビソプロロールには妊婦への投与報告がない.ただし,他の
β遮断薬(アテノロール,プロプラノロール)では子宮内胎児発育不全や胎盤重量の低下の報告があるので,同様の作用を来たす可能性がある11)

 メトプロロールは母乳での濃縮が報告されているので,使用中の授乳は避けることが望ましい392)(レベルC).

⑧ 末梢血管拡張薬

 慢性心不全で使用される末梢血管拡張薬には,ヒドララジンや硝酸薬(硝酸イソソルビド)などが挙げられる.ヒドララジンは以前から妊娠高血圧症候群における高血
圧治療の第一選択薬として用いられているが,ヒトの胎盤を通過し,胎児の血中濃度は母体と同等あるいは母体よりも高濃度になると報告されている393).妊婦への投与により,胎児の頻脈性不整脈や394),母体にSLE様症状が生じ,子宮内胎児発育不全で出生した新生児が心タンポナーデで死亡したとの報告がある395)

 硝酸イソソルビドは,妊婦の投与で母体の血圧の低下や心拍数の上昇は認められるが,胎児への悪影響を示す報告はない11)

⑨ アミオダロン

 高濃度のヨードを含み,妊婦への投与で,胎児の先天性甲状腺機能低下症の報告が多い396)が,甲状腺機能亢進症の報告もある397).また,新生児のQT延長例もある11).母乳への移行が高いため授乳は避ける11)(レベルC).

 アミオダロンは半減期が長く脂肪蓄積があることから,妊娠の可能性がある場合および妊娠中の投与を避ける398)( FDAのD分類,レベルC).

⑩ 経口強心薬

 ピモベンダン,ドカルパミン,デノパミン,べスナリノンが経口強心薬として我が国で認可されているが,慢性心不全患者に対する長期投与については否定的な報告
が多い.妊婦への投与報告がないため,副作用などは不明である.
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)