①遺伝する可能性が50%あることを説明する(「遺伝カウン
セリング」参照)
②外科治療の適応がある場合,妊娠前に手術を受けるよう指
導する
③上行大動脈径(Valsalva洞を含む)44mm以上か,大動脈
解離がある場合は,妊娠しないよう指導する
それ以下は,妊娠可能と告げるが,解離による急変の可能
性を説明する
④上行大動脈径40mm未満は,通常分娩が可能である(レベ
ルB)
⑤僧帽弁逆流症は,弁膜症のガイドラインに準じて治療を進
める
⑥必要に応じてβ遮断薬を投与する(母体と胎児への影響に
注意する)
⑦血圧管理や疼痛管理を厳重に行う
1 Marfan 症候群
58),252)-259)
① 病態

 手の指や上下肢が長いなどの特徴のある体型,眼病変,および心臓大血管病変を示す症候群である.常染色体優性遺伝の遺伝性疾患であるが,30%ぐらいは突発性に発症する.心臓大血管病変として重篤な大動脈瘤や心臓弁膜症を合併することから,その自然経過は予後に重大な影響を及ぼすことが知られている.多くは20〜40歳に発病するが,特に大動脈解離の発症を予測することは困難であり,突然死や緊急手術を回避することは現状では難しいと考えられる.

 Stanford A型解離は,大動脈弁輪拡張症(annuloaortic ectasia:AAE)に合併することがほとんどであるが,上行大動脈(Valsalva洞を含む)の最大径が50mm以上で解離することが多いといわれている.しかし,その中で5%以下の少数例は40mm前後で解離するという報告がある.また,Stanford B型解離は,上行大動脈径と解離との関係が不明であり,発症の予測は非常に困難である.したがって,Marfan症候群において,予測できない解離の発症により,緊急手術や突然死の心血管事故が起こる可能性があることを説明することが重要である.

② 妊娠・出産(表25)

 妊娠による変化として,大動脈壁中膜には細網線維の断裂,酸性ムコ多糖体の減少,弾性線維配列の変化,平滑筋細胞の増殖と過形成がみられ,その結果として動脈壁のコンプライアンスが上昇すると,Marfan症候群の大動脈壁は極めて脆弱となる.さらに,妊娠・出産による心臓大血管に対する容量負荷や圧負荷(疼痛刺激や怒責も)が加わることにより,妊娠中期から末期,または分娩時や分娩後の,大動脈解離や大動脈瘤破裂を合併することがある.また,弁膜症は心不全の原因になる.しかし,大動脈瘤の初期病変や心疾患のない場合は,正常分娩が比較的安全に行われている.遺伝は50%の確率で起こり,乳児期に発症する例もある.

 妊娠・出産をより安全に行うためには,妊娠前に心臓ならびに全身の血管の検査を行い,外科治療の適応のある心疾患や大動脈疾患は,妊娠前に手術を受けるよう指導し,術後回復してから再検討を行うことが必要である.

 妊娠前に上行大動脈(Valsalva洞を含む)の最大径が44mm以上の場合は,妊娠をしないよう指導する.妊娠を継続する場合は,大動脈瘤破裂や解離した場合の手術ができない可能性や,手術を行っても母児ともに救命できない可能性が高いことを説明する.それにもかかわらず妊娠し,妊娠の継続を希望した場合には,上行大動脈径の変化のモニターが必須である.そのためには,心臓超音波検査の反復が必要となるが,妊娠中期から後期にかけては週に1回以上行い,上行大動脈径の拡大のないことを確認する.急速な上行大動脈径の拡大を認めた場合は,母体の安全のため妊娠中絶の適応となる.上行大動脈径の拡大を伴うMarfan症候群では,帝王切開分娩を基本とするが,心臓血管外科のある病院で行うことが強く推奨される.麻酔科との緊密な連携が重要であり,血圧や疼痛管理を厳重に行う必要がある.上行大動脈の最大径が40mm以上44mm未満の場合も同様の経過観察を行う.

 妊娠前の上行大動脈の最大径が40mm未満の例では,解離の発生は少なく,通常分娩が可能である.しかし,解離や大動脈瘤破裂が経過中に発症する可能性について説明する.上行大動脈径のモニターは,上段に述べたと同様に行い,拡大傾向のないことを確認する.上行大動脈径の拡大傾向が認められた場合は,妊娠中絶を勧める.出産を希望する場合は,前述の40mm以上と同様に行う.

 一般的に,40〜45mm以上の上行大動脈拡張を伴うMarfan症候群に対して,大動脈解離の予防を目的として,β遮断薬の投与が行われることが多いが,投与開始
の基準に定説はない.Marfan症候群合併の妊娠にβ遮断薬を使用する場合は,β遮断薬の母体と胎児への影響に注意する必要がある.

 弁膜症(大動脈弁および僧帽弁逆流症)発症の可能性について説明する.また,経過中に心不全を発症し,妊娠継続が困難となり,母児ともに危険な状態になる可能性について説明する.

 僧帽弁逆流症併発例については,弁膜症のガイドラインに準じて治療を進める.

 妊娠年齢に達したMarfan症候群は,既に何らかの弁膜症を合併している可能性が高く,特に僧帽弁逸脱と僧帽弁逆流を伴う場合は心内膜炎のリスクが高い.よって,弁膜症( 人工弁置換術後も含む) を合併しているMarfan症候群では,産科的手術・手技や分娩に際して,抗菌薬の予防投薬を推奨する(「感染性心内膜炎」参照).

表25 Marfan 症候群の妊娠・出産におけるポイント
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)