1 母体投与薬物の胎児への影響
妊婦に対して薬物を使用する際は,母体と胎児に対する有効性と危険性のバランスについて考慮する必要がある.生殖年齢の女性に対して,特に長期の薬物投与をする際は,妊娠の可能性について確認し,なるべく安全性の高い薬物を選択する必要がある.薬物の胎児への有害作用には,大きく分けて,催奇形性と胎児毒性の2つがある.
日本産婦人科医会先天異常モニタリング調査によると,出生した児の先天異常の発生率は1.7〜2%前後である146).一般に,全先天異常のうち,発生が環境要因
によるものは5〜10%程度とされ,薬物によるものは2〜3%程度とされている146).医薬品による先天異常は,薬物による先天異常のさらに一部となる.妊娠の可能性か計画のある女性に投薬する際は,薬物の催奇形性に注意する必要がある.
母体に投与された薬物は,一部の例外を除いて胎盤を通過する.分子量の小さな薬物や,脂溶性の薬物は胎盤を通過しやすい.薬物は遊離型薬物の状態で,濃度勾配に従って胎盤を通過するため,蛋白結合率の低い薬物は,胎児および羊水中で比較的高濃度に達する147),148).妊婦へ投薬する際は,薬物の胎盤通過性についてあらかじめ確認し,胎児毒性を最小限にとどめることが必要である.逆に,薬物の胎盤通過性を利用することにより,胎児不整脈や胎児心不全などの胎児心疾患に対して,母体への薬物投与による経胎盤的治療が行われることもある129).
薬物の胎児への有害作用は,薬物の使用される妊娠の時期に依存する.受精前から妊娠27日まで(無影響期)は,毒性のある薬物を投与されても,受精しないか,着床しないか,妊娠早期に流産するとされる.妊娠28〜50日(絶対過敏期)は,胎児の重要な臓器が形成される時期であり,催奇形性の危険が最も高いため,この時
期の薬物投与は特に慎重にする必要がある.妊娠51〜112日(相対過敏期,比較過敏期)は,胎児の重要な臓器の形成はほぼ終了しているが,生殖器の分化や口蓋の閉鎖などはこの時期にかかるため,催奇形性のある薬物の投与はなお慎重であった方がよい.妊娠113日から分娩まで(潜在過敏期)は,器官形成が終了しているため,催奇形性の危険はほぼなくなる.しかし,母体に投与した薬物が胎盤を通過することにより,胎児の機能的発育への影響,発育の抑制,胎児循環不全などの有害作用が起こる可能性がある(胎児毒性)148),149).分娩前の薬物使用では,新生児に離脱症状が出現することがある148).
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)