1 心臓超音波検査
妊娠中の循環動態を評価する上で,非侵襲的かつ情報量の多い心臓超音波検査は非常に有用である112).妊娠による循環動態の変化に伴い,通常の妊娠においても,心臓超音波検査上の各指標は変化する.左室径は拡張末期,収縮末期ともに数mm程度増加し,壁厚も1〜2mm増加するため,左室心筋重量は増加する30).また,左室短縮率や駆出率などの左室収縮能が不変あるいは増加する一方,拡張能においては,妊娠後期には僧帽弁通過血流速度のE波(拡張早期波)の減高とA波(心房収縮期波)の増高を認め,拡張能の指標であるE/Aの低下が観察されている35).他にも,弁輪拡大と機能的な僧帽弁,三尖弁,肺動脈弁逆流や,少量の心嚢液貯留は,通常の妊娠においてもしばしば観察される113).また,下大静脈は妊娠子宮の増大に伴って圧迫され,妊娠後期には右房流入部位において血管径が縮小していることが多い.
心血管疾患合併妊娠においては,妊娠直前あるいは妊娠による循環変化がまだ軽微である妊娠初期に,最初のアセスメントを行うことが望ましい.低-中等度リスク患者の場合,心負荷が最大に近づく妊娠中期後半(26〜28週)に再検し,改めて循環動態の評価を行う114).評価項目としては,体循環心室の機能,弁や流出路狭窄の有無と程度,三尖弁逆流や肺動脈弁逆流から推定される肺高血圧の有無や程度,心拍出量などの一般的な評価項目と,機械弁合併妊娠における弁の評価や,Marfan症候群における上行大動脈径の測定などの,個々の疾患に応じた評価項目が挙げられる.
ハイリスク患者や,自他覚症状の出現を認めた場合などにおいては,必要に応じてさらに頻回のアセスメントが必要である.上行大動脈径が40mm以上のMarfan症
候群の患者では,1〜2 週間ごとに超音波検査による大動脈径の測定が望ましいとされ115),肺高血圧症患者では,入院管理とともに頻回の超音波検査による肺高血圧の評価が必要である.
産褥期には心機能が低下する場合もあり,再度の循環動態評価が必要となる.産科の1か月健診は全員が受診するため,検査を施行する良い機会である.妊娠・分娩による心血管系への生理的な影響は半年程度続くと報告されている116)ため,重症度に応じて半年間は定期的な経過観察が必要である.さらに,長期的な心機能予後に関してはほとんど知られていないが,妊娠・分娩の影響だけでなく,授乳も含めた育児行為が心負荷となり得るため,重症例では分娩後半年以降も循環動態評価を含めた経過観察が必要である.
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)