6 心理社会的問題
 妊娠の際には内分泌学的変化が起こり,たとえ正常妊娠であっても,妊娠・出産や母親になること,子育てに対する不安などが生じることが多い.また,出産後は,
いわゆるマタニティブルーや,産後うつと呼ばれるうつ状態など,精神的な動揺を来たすことも多い103)

 先天性心疾患では,疾患による症状,合併症,繰り返す入院・手術などの身体的制約や社会適応障害,家族・生育歴などが原因と思われる不安や抑うつを持ちや
すい104).また,その不安や抑うつを不定愁訴や身体症状に転換している場合もある.周産期にはこれらの症状が悪化しやすく,さらに心疾患の女性は健康な女性以上に妊娠・出産に対する願望が強いため105),妊娠が及ぼす自身の健康へのリスクや遺伝的リスクへの不安を感じていることが多い106)

 「実生活において妊娠は『許可する・しない』という次元の問題ではなく,本人を中心とした世界で決定されることである.この原則を自然に受け入れたうえで,生命の危険を伴うほどのハイリスク妊娠,あるいはリスクを無視して妊娠を希望する場合等,理想的とはいえない状況でのカウンセリングにも対応しなくてはならない」と前回ガイドラインに述べられている4).これは,実際に思春期・青年期の心疾患患者において,自身の疾患や病状,妊娠リスク,避妊,遺伝的リスクの情報などの認知度が低い107)ことも原因であるが,個人の価値観や道徳的規範などにかかわる倫理観などの影響も受けているためと考えられる108).また,妊娠前に妊娠のリスクについて主治医や家族との話し合いやその受容が行われていないことが多いのも現状である109)

 上記の周産期における抑うつや不安の予防には,思春期・青年期において,心疾患(病名,治療法,身体制限の有無,通院の必要性),避妊,性行動,社会的サポートなどに関する正確な情報伝達と教育が必要である107).さらに,妊娠,出産,遺伝リスクなどに関する情報伝達も必要である.妊娠前より抑うつや不安などの症状のある患者では,早期の精神療法や薬物投与を行うことにより,症状の改善を図る必要がある.これは,周産期になってからこのような症状を生じた場合も同様である.妊娠初期・後期・産後の心理状態の違いにより,介入方法が異なる場合もある108).また,妊娠中に入院が長引いたり,出産後の育児不安が生じた場合など,周産期を通して身体的・精神的負担を軽減させるために,家族や地域のサポートなどの環境調整も有用である.
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)