4 母体経過観察基準
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 心疾患合併妊娠では,妊娠に伴う母体の循環動態の変化が,心機能に影響を及ぼす可能性が高く,結果として母児の罹病率が高くなり,場合により死亡することもある.したがって,産科医,循環器を専門とする医師,麻酔科医,看護師を中心とするチームによる継続的な観察が必要である110).観察するポイントとしては,不整脈,心不全,血栓症などが主なものである111)

 合併症を持たない妊婦の定期健診スケジュールは,おおよそ妊娠11週末までに3 回程度,12週から23週末までは4 週ごと,24週から35週末までは2週ごと,それ以降40週末までは1 週ごとが標準的なものとされている.これを基本として循環器担当医は,個々の心疾患の重症度,すなわち妊娠のリスクレベルに準じた経過観察のスケジュールを組み立てていく.例えば,手術未施行の心室中隔欠損症(小欠損孔)のように,妊娠継続に伴い心不全徴候を生じるとは考えにくい軽症の心疾患の場合は,必ずしも妊婦健診ごとに循環器外来も受診する必要はない.一般に重症度が高まるほど,健診時には両科を同日受診するかたちが多くなり,情報の交換を密に行うことが必要となる.例えば,Rastelli術後で中等度の肺動脈狭窄と重度の肺動脈弁逆流があり,右室拡大・三尖弁逆流が著明で,心室性期外収縮が頻発するような,右室容量負荷の影響が通常よりも早期に出現する条件の場合には,妊娠22週頃から2週おきの観察が望ましい.妊娠30〜31週頃からの早期の分娩待機管理入院となると,毎週の循環器担当医による診察が必要となる.不整脈の増加は心不全の悪化に伴い顕著になるが,個人差があり,妊娠27〜28週頃から増加する場合や,妊娠35週前後で増加する場合などがある.不整脈は,分娩時の警戒に貴重な情報となるため,Holter心電図は妊娠中に何度か施行することが推奨される.心臓超音波検査は,第1 回目を妊娠前あるいは妊娠判明後すぐに,第2回目は妊娠26〜28週頃に施行し,ここで早期の分娩待機入院の予定時期を概ね計画する.そして,入院後の第3 回目検査は,安全で適切な分娩日(帝王切開術の場合も)を予測あるいは決定するための情報とする.ハイリスク妊娠では,入院安静を続けても母体体重コントロールの限界となり,息切れなどの明らかな心不全症状が出現する直前で,なおかつ胎児の発育停止となるポイントを妊娠終了・出産のときとする.このポイントを逃さぬよう,しかも事前に予測するために,心臓超音波検査をより頻回に行う.このポイントは胸部X線検査での心拡大が最終的に一段階進行する頃に相当するが,心臓超音波・胸部X線検査の両者と診察所見を総合的に判断して,分娩時期を決める.脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)値の増加は,特に中等度以上のリスクにおける経過観察に役立つが,分娩時期を決定する具体的な値はない.

 循環器担当医は,心疾患の重症度にかかわらず,妊娠が判明した時点で心臓超音波検査などによる心形態および心機能の評価を速やかに行い,産科担当医にこの時点での状態を説明し,分娩前後も含めた妊娠経過観察時の注意点について情報提供する必要がある.不整脈は,妊娠経過中に出現または悪化する場合があるので,妊娠の早期にHolter心電図検査を施行しておくと,後の不整脈出現・増加時との比較が明瞭となる.胸部X線検査は,放射線被曝による催奇形性のリスクの低くなる妊娠12週以降であれば可能であるが,一般的には必要と判断される場合に限り,妊娠16週以降に行われている.特にハイリスク妊娠で帝王切開術を施行する場合には,前日に仰臥位の胸部X線検査を行っておくと,術後撮影分との比較がしやすい.心臓CT検査や心臓MRI 検査は,胎児へ危険が及ぶ可能性を考慮して,診療上必要不可欠な場合にのみ,十分な説明をした上で施行することが望ましい(「妊娠中の循環動態評価」参照).

 原則として,病態の変化がとらえられたら,回数を増やして1〜2週に1 回の健診とするが,心機能低下や心不全徴候がみられた場合には,ただちに入院安静とし,
必要に応じて治療を追加する.

 管理上の注意点は,体重の増加量を理想的なものにして,肥満による心負荷の増大を防ぐことであり,軽度でも心不全状態にある場合には塩分制限が推奨されている.さらに,感染や妊娠高血圧症候群が心不全の誘因となるので注意が必要である.産科的,循環器的評価だけでなく,コントロールに注意を要する結合組織病(膠原病)などを合併している場合は,外来通院の際の総合的な評価が困難であれば,入院して経過を観察しながら慎重な管理方針の決定をすることが望ましい.
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)