2 情報提供の原則
 心疾患を持つ女性の妊娠に関するカウンセリングのポイント45)として,以下の4項目が挙げられる.
(1)母体のリスク(母体の安全は最重要かつ最優先とすることを見失ってはいけない)
(2)胎児に対する影響(母体の心疾患に起因する種々の要因)
(3)遺伝
(4)実生活と照らし合わせた総合的展望(将来における母親の予後,寿命ならびに家族全体としての妊娠環境と将来設計)

 これらを常に念頭に置いて,まず患者本人に,次に本人が最も話を聞いてもらいたいと判断される人(夫・パートナー,家族など)とともに,何度も繰り返し説明し,
確認し,情報を共有する.その他,分娩はいかなる方法か,妊娠中はどれくらいの頻度で診察が予定されるか,入院時期はいつ頃か,などの細部にわたる疑問についても,特に初回妊娠の場合は時間をかけてわかりやすく繰り返して説明する.2回目以降の妊娠では,前回妊娠中の経過を体験しているために,自己管理の点において患者の理解を得やすい.しかし,第1子の世話に加え,第2子目の方が楽であるという一般通念に家族ともどもとらわれた結果,日常生活で無理をしてしまうことが多く,前回に比べて疲労感や動悸などを強く自覚する傾向がある.中等度以上のリスクでは,世間一般の考えとは逆に,妊娠回数が増えるほど,心機能維持に対するより注意深い配慮が必要となることを,家族にも理解してもらう.

 心疾患合併妊娠は,小児期から先天性心疾患で経過観察中の患児が妊娠年齢に達する場合と,先天性あるいは後天性心疾患が妊娠時に初めて診断される場合とに分けられる.後者では,結婚の前後になって初めて,妊娠に関するカウンセリングが行われることが多い.しかしながら,小児期から経過観察がなされている場合には,妊娠可能年齢となる前後の適当な時期に,生活環境や性格などを十分配慮した上で,妊娠した場合,避妊する場合,さらには中絶が必要となった場合などについて,教育を始めることが重要である.カウンセリングを開始する時期を明示するのは困難であるが,日本の性的環境を考えると,例えば,中学校在学中にカウンセリングを開始する意義は十分にあると考えられる.定期受診の際に,母親(あるいは父親)が同伴しているときは,家族皆で考え,情報を共有することが可能となるため,妊娠に関するカウンセリングを行う良い機会となる.ただし,重要なことは,実生活において妊娠は「許可する,しない」という次元の問題ではなく,本人を中心とした世界で決定される,ということである.この原則を自然に受け入れた上で,生命の危険を伴うほどのハイリスク妊娠,あるいはリスクを無視して妊娠を希望する場合など,理想的とはいえない状況でのカウンセリングにも対応する.そのためにも,基本路線をガイドラインによって知っておく必要がある.さらに,個々の状況で調整,変則法が生じることは必然であろう.

 妊娠後に初めて心疾患が指摘された場合には,心雑音,心電図異常,不整脈などをきっかけに,産科から循環器を専門とする医師へと紹介されることが多く,ここ
からカウンセリングが開始されることになる.この時点で可及的速やかに,正確な診断をする必要がある.本人,夫・パートナー,家族らにとって,驚きとショックは大き
ため,わかりやすい説明を何度も繰り返し行うなどのケアを要する.また,心理的なケアも重要である.

 カウンセリングは,循環器担当医と産科医が中心となって進められるが,必要に応じて,心臓血管外科医,麻酔科医,集中治療室担当医,新生児科医ら,さらに可能であればカウンセラーや看護師の参加協力がなされ,チームとして各専門領域からの情報提供や説明,相互理解が確認されていく.患者も含め,特に専門領域間で情報を懇切丁寧に交換することは,非常に大切である.循環器担当医からの情報提供は,基礎心疾患の診断名と循環動態の現状報告だけでは不十分である.既往手術の術式と説明,内服薬,予測できる心負荷のパターン,不整脈とその対処法,長年の経過観察によればこそ把握できる患者の性格や心理状態,今回の妊娠が今後の心疾患の予後に与える影響,出産時同時避妊手術に関する検討などにわたり,細やかな連携を展開する上での情報発信源となる必要がある.

 本ガイドライン以外に,心疾患合併妊娠に関するリスクの評価や管理などの参考として,次のようなものがある.心疾患患者の妊娠・出産に関するものとして,欧州
心臓病学会(2004年)45)およびSpanish Society of Cardiology(2000年)58)による妊娠ガイドライン,Torontoグループによる,母体NYHA心機能分類・チアノーゼ・不整脈などを考慮したリスク・スコアを用いた評価法59)などがある.成人先天性心疾患の管理ガイドラインでは,カナダ心臓血管学会(2009年)7)-10),米国心臓病学会および米国心臓協会(2008年)6)によるガイドラインが,妊娠・出産に関して記載している.また,米国弁膜症管理ガイドライン(2006年)60)の中にも,妊娠・出産に関する記載がある.さらに,心疾患患者の妊娠・出産に関する成書もいくつか出版されている14),61),62)
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)