100
90
80
70
60
50
pre 4 8 12 16 20 24 28 32 36 post
(W)
A 心拍数(beats/min)
120
115
110
105
100
95
90
85
80
pre 4 8 12 16 20 24 28 32 36 post
(W)
B 血圧(mmHg)
8
7
6
5
4
3
2
pre 4 8 12 16 20 24 28 32 36 post
C 心拍出量(L/min) (W)
1500
1400
1300
1200
1100
1000
900
800
700
600
pre 4 8 12 16 20 24 28 32 36 post
D 体血管抵抗(dyne・sec・cm-5) (W)
1 循環動態の変化(図1)
 心疾患を有する女性の妊娠・出産を考える上で,通常の妊娠・出産における循環動態の変動を理解することが重要である21),22).妊娠・出産における循環動態の変化は,単に体液循環の変化のみによって引き起こされるものではなく,血液学的変化,呼吸機能の変化,内分泌学的変化,自律神経学的な変化の影響も受ける.通常の妊娠・出産では,これらの変化は巧妙なバランスをとりながら維持されている.すなわち,変化の起こる時期,変化の程度,変化が最大となる時期,最大変化を来たしたときの母体側の反応性などによって,さまざまな適応過程をとっている23)-28)

 妊娠では,コルチゾール,エストロゲン,アルドステロンなどの増加に伴い,ナトリウム貯留が起こるため,循環血漿量は妊娠4週頃から増加し始め,妊娠10週頃より増加傾向が顕著となる.その後は妊娠32週頃には最大となり,正期に至るまでほぼ一定か,緩やかに増加する.単胎の場合,通常,循環血漿量は妊娠前の40〜
50%増加する29)-32).この循環血漿量の増加は,腎尿細管でのナトリウム再吸収亢進を伴う,体内の総ナトリウム量の増大によって引き起こされる.心拍数は妊娠経過とともに増加し,妊娠32週前後でピークに達し,妊娠前の約20%程度の増加を示す.1回拍出量は妊娠前期から上昇し,妊娠20〜24週でピークとなる.これらの変化に伴って,心拍出量も妊娠20〜24週にかけて妊娠前の30〜50 % まで増加し, その後は一定の値を保つ31)-34).一方,妊娠の経過に伴って,大動脈圧および全身血管抵抗は低下する.特に子宮,乳房,腎臓などへの血流が増加するため,拡張期血圧が低下する.妊娠後期には増大した子宮による下大静脈の圧迫により,仰臥位で低血圧を引き起こすことがある.肺動脈圧は,肺血流量の増大にもかかわらず,肺血管抵抗の低下により一定を保つ.妊娠中の心機能は,これら前負荷と後負荷の影響を大きく受けているが,通常,その変化に的確に適応している31)-36)

 分娩中の循環動態は,体位,分娩様式,陣痛,麻酔の程度などから大きく影響を受ける.陣痛に伴う痛み刺激により,交感神経系の緊張が亢進し,心筋収縮力,全身血管抵抗,静脈還流量が増大する.さらに,陣痛に伴う子宮収縮によって,循環血液量が300〜500mL増加する.これらによって,心拍出量は15〜25%増加し,一過性に心拍数や血圧は上昇する21),22).仰臥位では,増大した子宮が腹部大動脈と下大静脈を圧迫するため,多少ともリスクのある心疾患合併妊婦の陣痛管理には左側臥位が好ましい.分娩進行時の怒責は,循環動態の急激な変化の原因となるため,少なくともNYHA分類Ⅱ度以上の妊婦は,硬膜外麻酔などの麻酔分娩の適応とされている23)-26)

 分娩時の母体出血量は経腟分娩で500mL程度(帝王切開では約2倍)であり,妊娠中にもたらされた循環血漿量の増大で補われる範囲である.分娩直後は子宮による下大静脈の圧迫が解除され,急激な静脈還流の増加が起こる.分娩直後一過性に増加した心拍数や血圧は,児の娩出後10分程度で元のレベルに戻る.増加していた心拍出量は,分娩後1時間以内に10〜20%低下する.妊娠中に増加した循環血漿量のため,分娩後は一過性に容量負荷の状態を来たす.分娩後に循環動態が正常化するまでには約4〜6週間かかるといわれている21),22).これらの急性変化は分娩直後の心機能にも影響を及ぼす可能性がある35),36)
図1 妊娠に伴う循環動態の変化(文献29より改変)
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)