ClassⅠ 有用性・有効性が証明されているか,見解が広く
一致している
ClassⅡ 有用性・有効性に関するデータあるいは見解が一
致していない場合がある
Ⅱa データ・見解から有用・有効である可能性が高い
Ⅱb データ・見解から有用性・有効性がそれほど確立
されていない
ClassⅢ 有用・有効でなく,時に有害と証明されているか,
否定的見解が広く一致している
Level A 複数の無作為介入臨床試験やメタ分析で実証された
もの
Level B 単一の無作為介入臨床試験や,無作為介入でない臨
床試験で実証されたもの
Level C 専門家の意見,ケース・スタディ,標準的治療など
で意見が一致したもの

Ⅰ 改訂にあたって

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 医療の発達の恩恵により,心疾患の予後は著明に改善している.これに伴い,妊娠可能な心疾患女性の数は年々増加している.我が国では,心疾患女性の妊娠が総妊娠数の0.5〜1%に相当し,不整脈などを含めれば,その割合は2〜3%程度までに高まる1),2).また,新生児医療の進歩に伴い,早期産児の生存率と予後が飛躍的に改善した.このため,妊娠後期の母体の循環への負荷が大きく,合併症が予想される場合は,妊娠を中断して分娩に移行することも可能となっている.最近は,妊娠・出産の高年齢化がみられているが,心疾患の女性は一般女性と比べて挙児希望が強いことが多く,若い年齢で結婚することも少なくない3)

 妊娠中は,体液循環の負荷のみならず,血液学的,呼吸機能的,内分泌学的,自律神経学的な変化を来たし,心拍出量と心拍数の増加,不整脈の増加,凝固能の亢進,大動脈中膜弾性線維の断裂と大動脈拡張が生じる.また,出産時は,陣痛,出血,出産直後の静脈還流増加など,急激な循環動態変化が起こる.この他,出産に対する精神的ストレスも少なくない.母体治療薬は,胎児先天異常を生じることがある.さらに,育児による疲労や不眠も母体へ大きな影響を及ぼす.このため,心疾患の中には,妊娠・出産がハイリスクと考えられる疾患がある.

 心疾患の妊娠・出産に関しては,疾患の種類や循環動態が多彩であるため,従来から多数例での報告が少なかった.また,手術管理の進歩により,最近の20〜30年で救命されるようになった複合型先天性心疾患(complex congenital heart disease)が,妊娠年齢を迎えるようになってきている.循環動態の異常のために,出
産が難しいとされていた修復術後疾患でも,再手術や不整脈治療などが行われ,妊娠・出産が可能になる例が多くなっている.これらを受けて,2005年に「心疾患患
者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン」が公表された4)

 欧米ではこれまでに心疾患の妊娠・出産に関するいくつかのガイドライン5)-10),単行書11)-16)が発刊されている.一方,日本では,心疾患女性の妊娠・出産に関する専門家は非常に少なく,この分野に関する成書17),18)も少ない.このため,妊娠・出産が可能であるにもかかわらず,避妊を勧められたり,妊娠・出産が非常に危険であるにもかかわらず,妊娠して重大な合併症を生じたりすることもみられていた.また,妊娠・出産に際して,適切なカウンセリングや治療を受けられない場合も少なくなかった.この点から,2005年のガイドラインは有用であり,広く用いられてきたと考えられる.また,最近公表された,米国心臓病学会(American College of Cardiology:ACC) および米国心臓協会(American Heart Association:AHA)の成人先天性心疾患ガイドライン6), さらに, カナダ心臓血管学会(Canadian
Cardiovascular Society:CCS)の成人先天性心疾患ガイドライン7)-10)も,妊娠・出産に関して詳しく述べている.また,心疾患女性の妊娠・出産に関するデータも,徐々に蓄積されてきている19). また, 欧州心臓病学会(European Society of Cardiology:ESC),日本成人先天性心疾患研究会を中心として,心疾患の妊娠・出産の登録制度が始まり,データの集積が行われている20).5年前と比べて,これらの動向を取り入れたガイドラインの作成が望まれ,今回の日本循環器学会ガイドラインの部分改訂版が企画された.

 今回のガイドラインでは,前回のガイドライン作成に貢献された班員の約1/3が交代した.また,部分改訂ということもあり,多くの項目や記載内容は,前回の2005年のガイドラインを踏襲している.しかし,前回のガイドライン公表後に報告された論文のデータを可能な限り取り入れ,updatedな内容にすることを心掛けた.特に,産科的な内容,それぞれの疾患各論に関しては,新しいデータの報告が少なくないため,大きく改訂した項目もある.また,総論の新たな項目として,「心理社会的問題」(「妊娠カウンセリング」の第6項),「妊娠中の循環動態評価」,「妊娠中の薬物療法」を加えた.また,新しい試みとして,「将来的な研究の方向性」に関する項目をガイドラインに加え,現時点での問題点と今後の研究の方向性を概観した.さらに,診療の際の便宜を考慮して,診療のチェックリストや,患者さん用のパンフレットとして利用可能な表を掲載した,「妊娠と出産の手引き」をガイドラインの末尾に加えた.

 これまでに述べてきたように,一つひとつの疾患単位では妊娠・出産数が少なく,また,対照を設けた研究が倫理的に行いにくいために,臨床経験的な研究がほと
んどを占めている.したがって,証拠のレベルは,経験者の合意に基づく場合が多い.今回は,前回に比べて,個々の症例の蓄積がやや進んでおり,経験的ではあるが,臨床に即した改訂が行われたものと考えている.しかしながら,本ガイドラインの内容は,心疾患女性の,妊娠前,妊娠中,出産時,産褥期の管理に主眼が置かれ,出産後の問題点(授乳・育児が母体の心疾患に与える影響,妊娠・出産が心疾患の長期予後に与える影響,次回妊娠の見通しなど)に関しては,データの蓄積が少ないために,ごく最小限の記載にとどまっている.これらの問題点についても,今後の研究の発展によって明らかになっていくことを期待したい.

 それぞれの手技・治療法に関する,「証拠のレベル」と「推奨の程度」は,ACC/AHAのガイドラインの記載法に従った(表1,2).しかしながら,いまだにデータが不十分で,専門家も少ない分野であり,倫理的な問題から前方視的な研究はほとんど行われていない.したがって,ランク付けが困難なことが多いため,必ずしもすべての項目において記載されているわけではない.
表1 証拠のレベル
表2 推奨の程度
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)