3 先天性大動脈縮窄症
未修復例は妊娠中に高血圧,左心不全,さらに大動脈瘤形成,大動脈解離などの重大な合併症が認められることがある.しかし,修復術後は,母児とも良好な妊娠・出産経過をとることが多い263),264).
大動脈縮窄症や,合併頻度の高い大動脈二尖弁では,大動脈壁にいわゆる嚢胞性中膜壊死(cystic medial necrosis)を伴い,大動脈中膜弾性線維の断裂により大動脈壁の脆弱化を生じる41),265).妊娠中は大動脈壁の組織学的変化が進行し,容量負荷が加わるため,著明な大動脈拡張が起こりやすい.拡張が進行し,大動脈瘤形成,破裂,解離を生じることがある173),266).これらの合併症の頻度は低いが,大動脈拡張を伴い,妊娠中に高血圧を合併する場合は,安静,β遮断薬投与での管理を必要とする263)(レベルB).また,大動脈縮窄症の妊娠では,高血圧の合併が22%程度にみられる267),268).
大動脈縮窄症や,合併頻度の高い大動脈二尖弁は,心血管内膜炎または感染性心内膜炎のリスクがある.そこで,分娩時や産科的手術・手技の際の予防投薬を推奨する(「感染性心内膜炎」参照).
① 未修復大動脈縮窄症
未修復大動脈縮窄例は,少なからず母体死亡(3〜9%)を認めたが263),269),適切な高血圧治療により,死亡例はまれとなった264).妊娠中に大動脈瘤,大動脈解離,大動脈瘤破裂266),269),左心不全269),Willis動脈輪の動脈瘤破裂を生じることがある10).収縮期圧を140mmHg以下に保つことを目標とし,β遮断薬を使用する(レベルC).しかし,血圧が下がりすぎると胎盤血流が減少するため,定期的な血圧測定が必要である264),271).
胎児死亡は10〜25%に認められる263),264),268)(レベルB).胎盤血流量は一般と比べて減少している場合が少なくないが,生産児の出生時体重は一般と同様である264),271)(レベルC).
未修復の大動脈縮窄症は,妊娠前に手術ないしはカテーテル・インターベンションによる修復を受けることが望ましい.縮窄より遠位部の過度の低血圧は,
流産や胎児死亡を合併することがあるため,未修復の妊婦の高血圧治療は注意を要する.(レベルB,文献263,271)
妊娠中でも大動脈縮窄症の修復は可能だが,内科的治療が困難な心不全や大動脈解離が認められる場合を除くと推奨されない.妊娠中は大動脈壁が脆弱化し,大動脈解離の危険が増加するため,妊娠中のバルーン血管形成術は推奨されない.しかし,ステントを併用すれば,比較的安全に施行できる可能性がある.(レベルB,文献272)
② 大動脈縮窄症修復術後
修復術後の多くは,安全な妊娠・出産が可能である.上行大動脈拡張,大動脈弁狭窄遺残,大動脈弁逆流の観察が必要だが,特にパッチ修復術後やバルーン形成術後では,修復部大動脈瘤形成に注意する必要がある.心臓MRI 検査は妊娠中も施行可能であり,合併症の診断に有用である263).有意な狭窄がなくとも,妊娠中に高血圧を伴うことが少なくない267)ため,定期的な血圧測定が必要である271).高血圧を合併する場合は,β遮断薬投与が有効である263)( レベルB).修復術後も未修復例と同様に,大動脈拡張や瘤形成を生じることがあり,大動脈径の観察は重要である.Willis動脈輪部動脈瘤の妊娠中の悪化の有無については,明らかでない270).また,修復術後で,再狭窄などの合併症が少ない場合でも,流産率が高く,胎児予後は必ずしも良好ではない267).
妊娠中の内科治療は安静と高血圧治療が中心となる.大動脈拡張の進行を予防するため,β遮断薬を使用することがある263).帝王切開術を推奨する報告もあるが,硬膜外麻酔による無痛経腟分娩で危険なく出産が可能である264).しかし,バルーンカテーテルによるインターベンション治療を行った例は,大動脈解離の危険が高いと推測されるため,β遮断薬の妊娠中の継続投与と選択的帝王切開術が推奨される263).
大動脈縮窄症修復術後の妊娠は,母児ともにリスクは低い.しかし,高血圧や大動脈拡張を伴う場合は,β遮断薬による内科管理を行う必要がある.
(レベルB,文献263)
心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)