◦特に重篤な心内膜炎を引き起こす可能性が高い心疾患を対象とした予防法
対  象投 与 方 法
通 常アンピシリン2.0gとゲンタマイシン1.5mg/kg(120mgを超えない)の筋注/静注を処置前30分
以内に併用.6時間後にアンピシリン1g静注またはアモキシシリン1g経口投与
アンピシリン/アモキシシリ
ンにアレルギー
バンコマイシン1.0g静注(1~2時間かけて)とゲンタマイシン1.5mg/kg(120mgを超えない)
の筋注/静注を併用.処置前30分以内に投与を終了させる
◦それ以外の場合の予防法
対  象投 与 方 法
経口投与可能アモキシシリン2.0gを処置1時間前に経口投与(体格に応じ減量可能)*2
経口投与不能アンピシリン2.0gを処置前30分以内に静注/筋注
アンピシリン/アモキシシリ
ンにアレルギー
バンコマイシン1.0g静注(1~2時間かけて),処置前30分以内に投与を終了させる
ACC/AHA 成人先天性心疾患ガイドライン(2008)より(文献6)
◦弁膜症の術後(人工弁や人工物を使用した場合)
◦感染性心内膜炎の既往
◦先天性心疾患
  未修復のチアノーゼ性心疾患(短絡術後や導管を使用した姑息術後を含む)
  人工的なパッチや device による完全修復術後だが,手技後6か月以内の場合
  修復術後だが,人工的なパッチや device の周囲に遺残短絡が残る場合
  心臓移植患者が心臓弁膜症になった場合
Congenital Heart Disease in Adults(3rd edition)より(文献144)
◦人工弁置換術後
◦(体肺)短絡術後,人工導管を使用した手術後
◦感染性心内膜炎の既往
◦チアノーゼ性先天性心疾患
◦免疫抑制剤を使用中の心臓移植患者
◦先天性大動脈弁膜症など
ClassⅠ
感染性心内膜炎の予防として抗菌薬投与をしなくてはならないもの
 ◦心臓手術(人工弁,人工物を植え込むような開心術)
ClassⅡb
感染性心内膜炎の予防のためではないが,手技に際して抗菌薬投与をしてもよいと思われるもの
 ◦生殖器( 経腟子宮摘出術,経膣分娩,帝王切開,感染していない組織における子宮内容除去術,治療的流産,避妊手術,子宮
内避妊器具の挿入または除去)
 ◦その他(心臓カテーテル検査,ペースメーカや除細動器の植え込み)
ClassⅢ
手技に際して抗菌薬投与をしなくてもよいもの
 ◦消化管(経食道心臓超音波検査)
 ◦泌尿器・生殖器(感染していない組織における尿道カテーテル挿入)
 ◦その他(中心静脈へのカテーテル挿入)
(文献131より引用改変)
Class Ⅰ
特に重篤な感染性心内膜炎を引き起こす可能性が高く,予防
が必要であると考えられる心疾患
◦生体弁,同種弁を含む人工弁置換後
◦感染性心内膜炎の既往
◦複雑性チアノーゼ性先天性心疾患(未手術,姑息術,修
復術後)
◦体肺短絡術後
Class Ⅱa
感染性心内膜炎を引き起こす可能性が高く,予防が必要であ
ると考えられる心疾患
◦多くの未修復先天性心疾患,術後遺残病変のある先天性
心疾患
◦後天性弁膜症
◦閉塞性肥大型心筋症
◦弁逆流を伴う僧帽弁逸脱
Class Ⅱb
感染性心内膜炎を引き起こす可能性が必ずしも高いと証明さ
れていないが,予防を行う妥当性が否定できない心疾患
◦人工ペースメーカあるいは植込み型除細動器(ICD)植
込み術後
◦長期にわたる中心静脈カテーテル留置
(文献131より引用改変)
4 予防
 AHAガイドライン(2007年改訂)132)は,合併症のない経腟分娩には,抗菌薬での予防を推奨していないが,感染が疑われる経膣分娩に対しては,抗菌薬投与を推奨している.日本循環器学会のガイドライン(2008年改訂)においても,分娩や産科的手術・手技の際の,感染性心内膜炎予防を目的とした抗菌薬投与は推奨されていないが,合併症予防の観点から適切な抗菌薬予防を行うことを否定してはいない131)(表13)

 一方で,経腟分娩後の菌血症の頻度は0〜5%と低いが45),ハイリスク心疾患では,感染を起こした場合の重大性と抗菌薬の費用を比較した場合,抗菌薬投与を否定する根拠はない45),132)-134)(レベルC).また,ハイリスク以外の疾患も含む,日本の先天性心疾患に関する心内膜炎の調査での死亡率は8.8%であり,決して低い値ではなかった137),142).AHAガイドライン(2008年改訂)132)とその後の議論でも指摘されているが,抗菌薬投与のリスクとされる抗菌薬アレルギーはほとんど認められていない.

 成人先天性心疾患に関するAHAの最近のガイドライン6)では,ハイリスク群の妊娠の際には,抗菌薬予防を推奨しており,教科書143),144)でも同様の推奨がされている.また,合併症のない経腟分娩は,あくまでも結果であって,合併症が生じるかどうかは,分娩前に予知することは不可能である144).また,成人先天性心疾患の女性の妊娠においては,分娩第2期を短くすることが推奨されており,会陰切開を行うことも少なくない.このため,ハイリスク群では,予防投薬を推奨している.

 以上から,本ガイドラインでは,心疾患女性の産科的手術・手技や分娩時の抗菌薬の予防投与の適応を,以下のように考える.少なくとも,感染性心内膜炎のハイ
リスク群においては,分娩時の抗菌薬の予防投与を推奨する.文献6,144)に記載されている,予防投薬を推奨された心疾患を表14に示す.日本循環器学会の感染性心内膜炎のガイドライン(2008年改訂)131)では,表11のClassⅠおよびⅡa の疾患がハイリスク群に相当する.ハイリスク以外の心疾患では,感染性心内膜炎の発生頻度の低いことを考慮して,抗菌薬の予防投与を推奨しないが,その他の合併症予防などの,リスク・ベネフィットの観点から,予防投与を行うことを否定するものではない.

 しかし,予防投薬は,個々の症例や妊娠の状況,社会状況によって異なり,実際に診療に携わる産科または循環器担当医の専門的な判断に委ねることとする.ただし,感染性心内膜炎の予防に関するガイドラインが大幅に変更されたことにより,診療現場での混乱も予想されることから,以上のような見解を,医療従事者から患者さんに十分に説明することが重要である.

 現時点において,分娩時の抗菌薬の予防投与方法の基準は存在しない.泌尿生殖器や消化管に対する手術・処置後に発生する心内膜炎の起因菌のほとんどがEnterococcus faecalisであることを考慮すると,分娩時に心内膜炎に対する抗菌薬の予防投与を行うならば,主として腸球菌に対して行うことが望ましい.日本循環器学会131),AHA132),ESC134)の感染性心内膜炎に関する改訂ガイドラインは,泌尿生殖器や消化管の手技,処置に対する,感染性心内膜炎の予防を推奨していないため,日本循環器学会の感染性心内膜炎の旧ガイドライン(2003年)145)における「泌尿生殖器,消化管の手技・処置に対する予防法」を改変して,参考のために示す(表15).実際の予防投与に際しては,適応と方法,母体や胎児・新生児に対する影響などを考慮する必要がある.
表11  歯口科手技に際して感染性心内膜炎の感染予防を必要とする心疾患
表13 抗菌薬の予防投与を必要とする手技(心疾患や産科の手術・手技に関係するもの)
表14 産科的手術・手技や分娩時において,抗菌薬の予防投与が推奨される心疾患注)
注)分娩時に抗菌薬の予防投与が推奨される心疾患については意見の一致をみていない.
表15 泌尿生殖器,消化管の手技,処置に対する,感染性心内膜炎の予防法*1
(文献145より引用改変)
*1 日本循環器学会(2008年)131),米国心臓協会(2007年)132),欧州心臓病学会(2009年)134)の感染性心内膜炎に関する改訂ガイ
ドラインは,泌尿生殖器や消化管の手技,処置に対する,感染性心内膜炎の予防を推奨していない.本表は,心疾患の女性に対して,
分娩時の感染性心内膜炎の予防を行う場合の参考として,日本循環器学会の感染性心内膜炎に関する旧ガイドライン(2003年)145)
から引用,改変したものである
*2 日本循環器学会ガイドライン(2008年改訂)131)の「歯科,口腔手技,処置に対する予防法」の表には,アモキシシリン投与量
(成人2.0g)について,「成人では体重あたり30mg/kgでも十分といわれている」,「日本化学療法学会では,アモキシシリン大量投
与による下痢の可能性を踏まえて,リスクの少ない患者に対しては,アモキシシリン500mg経口投与を提唱している」と記載され
ている.アモキシシリン投与量は,体格や消化器症状を考慮して,適宜減量することが可能である
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心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン(2010年改訂版)
Guidelines for Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease (JCS 2010)